長野善光寺へ行った
長野へ行く機会があり、時間があったので善光寺まで足を延ばした。想像してたより面白い場所であった。
善光寺は盆地から山の方に少し登ったところにある。そこへの参道はまっすぐで、本堂に向かってズバッと軸線が通っている。しかもかなり長い参道だ。左の写真は参道に入る前の道路だが、大正期に拡幅されたらしい。このまま参道に続くので、参道の軸線を強調している。
この道の両側の建物デザインは景観上なんらかの規制があるらしい。だいたいは和風の、それも蔵風のデザインが多いが、藤屋旅館は大正期に建てられた洋館である。なかなか良い風情で、細部もよくできているので、一見して有名な建築家の設計かと思ったのだが、どうも地元の大工の手によるものだということ。看板建築という用語がある。建て方は在来の大工の技術によるが、外装デザインだけ、それも普通は道路に面したところだけ、西洋様式を看板のようにくっつける。いわゆる張りぼて建築だ。この藤屋旅館はその看板建築の本格的なもの・・という言い方自体おかしいのだが、念入りに作られた看板建築らしい。しかしよくできている。またこの街の景観に寄与している。最近改修されたようだが、この後もこの場所で末永く建ち続けてもらいたい。
しばらく寺に向かって上っていくと、両側に宿坊の建ち並ぶところに来る。このたくさんある宿坊のデザインがこってりしていて良い。ジャポニズムというやつだな。しかし西洋人のやったものではなく、あくまで日本人のやったものだから、どこまでも日本的なのだ。洗練された数奇屋の世界ではない。しかしこういう美意識もあって良い。この場所に立つと何か楽しい気分になる。よく分からない気分だが、深層の欲望に働きかけているのかという気がする。
善光寺の本堂。あいにくの空模様の上、デジカメを持参しておらずカメラ付き携帯で撮った。画像は良くない。この建物を見て思い浮かんだこと・・・江戸、千と千尋に出てくる湯屋、妻木頼黄。これがあったか・・という思い。宮崎駿はこれ見てんじゃないの。と同時に妻木頼黄のデザインにある一種の異様さ、その原点のように思えた。妻木の江戸好みというのは洗練とはちょっと違うところにあると思えるが、この本堂見たとたんに、「こういうことか」と、納得してしまった。
東山魁夷美術館が近くにあり、行ってみた。休館日なので人がいなかったのだが、それにしても寂しい。谷口吉生は基本的にミーシアンである。そこに日本人的感覚を調味料としてまぜてあるような人だが、正直、現代の日本人建築家の中では俺の最も好きな一人だ。だが、これはあまり良くなかったね。善光寺を見たあとではさっぱり薄味すぎるのかもしれない。庭に生えてる植栽・・ショぼい。玉石が敷いてあるのだけれど、それもとてもうらさびれて見えた。窓枠に滲むサビ汁。ステンレスじゃなかったのか・・結構コストきつかったのね。
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