« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

2006年11月18日 (土)

祇園

Gion01昔撮った祇園の写真だ。こういうところをほろ酔い気分で、着物を着た美人と寄り添いながら歩くのは最高だね。時間がゆったりと流れる気がする。残念ながら、そういう経験が無い。こういう場所を泥酔して通ったことはある。もちろん男ばっかりでだ。

橋を渡って見返りにもう一枚を撮る。巽橋か。Gion02 観光客が記念写真を撮る有名なスポットだ。絵になる場所・・・ってか。でもやっぱりいいね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月11日 (土)

太田光と中沢新一

爆笑問題の太田光を嫌う人は結構多いらしい。俺も実は多少の不快感無しに彼を見ることができないでいる。「憲法九条を世界遺産に」という新書本を書店で手に取り、その議論に引き込まれるところがあったので、そのまま購入し読んだ。宗教学者の中沢新一との対談を中心とした本だ。憲法九条のことは俺自身考えるところもあるが、それはさておき、何故、俺が太田光に対して不快感を感じるのかな・・ということを、この度は考えてみた。

一言で言うと、狂気である。太田の中にある狂気。電車の中に時々いるでしょ、あきらかに普通じゃないやつ。近寄らんほうがええな・・というやつである。この太田の持つ狂気のことは、「憲法九条を世界遺産に」の中で、太田自身ほとんど白状してしまっている。

九条を守る。特別な国であり続ける。という思考をする時に、私の中に確かに”恍惚”がある。

狂気が許されるのは芸術の世界ぐらいかな。芸術についてはね、俺も感動したいと思う。それはエクスタシーよ、恍惚よ。しかし、政治の世界に感動は要らない・・というのが俺の考え方なの・・・。そういう意味では安倍晋三にも期待してない。「うつくしい国を目指す」などと臆面もなく言う人間に期待してはいない。爆笑問題の太田がちょっと危ない眼をしながらシュールなボケをかますのは良い。笑えるね。でもその同じ眼でね、平和とか政治の話をしだすと、ちょっとね、引く。太田光はね、小泉さんのことも随分批判してたのだけど、彼は他ならぬ小泉さんに近い部分がある。ただ小泉純一郎には愛嬌があるのだが、太田光にはそれが無い、もしくは少ない。そりゃ太田光の負けだよ。

中沢新一は麻原彰晃に騙された宗教学者ということで、評判を下げた人だ。父親、祖父、そして叔父も学者という一家に育った。そこから想像される通りの頭の良さと(思考の)ひ弱さを併せ持った人物だと思われる。

狂気についてはこう思う。右へ行こうが、左へ行こうが、真中を突き進もうが、狂気へ至ればそのどの方向であろうと、薄壁一枚で隣り合っている・・・と。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 4日 (土)

立冬を前にして

ブログに何の絵もなかったらつまらないだろうと思い、次の写真を載せておく。前回の記事に載せた写真も同じ所で撮ったものだ。どこかというと、川越の喜多院にある五百羅漢である。

Kawagoe03_1「アーッ、ええ気持ちや。極楽極楽」

「だいぶ歩かはったみたいですな。ふくらはぎが張ってまっせ」

「次、わしたのむで。さっきから待ってんにゃさかい」

せりふつけるとこんな感じかな。こういう時はどうも関西弁になる。

いやしかし、この羅漢さんじゃないが、俺も疲れ気味だよ。昨日も祝日というのに仕事に出かけた。管理職だから残業手当が出るわけではない。しかし少しでも仕事をこなさないと溜まる一方だ。一人の選手として設計の仕事をしていた時と・・それはもうはるか昔のことになってしまったが・・組織管理者の今とではやはり見える部分、というか気になる部分が違う。管理のために余計な手間を増やしたくもないのだが、仕事というものはやりっぱなし、作りっぱなしでは困る。記録というのは、後々のことを考えるとやはり大事だ。そこのところは仕事に夢中になっている選手(つまり担当者)にはなかなか解かってもらえないところだ。しかし、俺の部署のような組織がきちんとした技術を扱う組織であれば、そこのところははずせない。将来を考えれば考えるほど、はずせない。

今日はさすがに休みを取った。久々に俳句などひねってみようか。ここのところそんな余裕なかったな。

11月だというのにけっこう暖かい。暦では立冬になる。晩秋もいよいよ深まり、無彩色の季節の前に、山々は紅葉であざやかに色づくべき頃である。

 秋風起こって 白雲飛び 草木黄落して 雁 南に帰る (武帝)

俺が時々漢詩を読むのは、漢文の教師だった父の影響もあるだろう。大学受験の頃、漢文の指導をしてやるというので教わったが、いわゆる素読というやりかたで、ただひたすら並んだ漢字を読みこなしていくという方法だ。そのうちに先生である父も俺もウトウトと居眠りを始め、授業にならなかった。しかし、そのためとは思えぬが、今でも漢詩は好きだ。

秋風が吹けば雲は流れ、紅葉した葉は落ち、雁は南に帰る。それだけだが、漢詩になるとなにか叙情がある。ここを俳句だとどうなる。

 来た道や 雁さしかかり 暮れんとす

 白雲の 飛ぶや紅葉に 影落としつつ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »