東京のアジア
清澄通りを深川から両国の方にぶらぶら歩いて行くと、清澄公園というのが道路の左側にある。東京という都市の中での貴重な緑だが、中に入ろうとすると入場料を取られる。この程度の庭に、けっこうな入場料を払ってまで見ようという心とフトコロの余裕を持ち合わせていないものだから、その公園の東側を歩いて両国へ向かった。そうするとどうだ、この公園の東側、つまり道路側には奇妙な建物群、いやいや群ではなく連なっているのを発見した。
写真で見るといくつもの建物が建ち並んでいるように見えるかもしれないが、これはもともとは一棟の建物だ。つまり長屋になっている。そうして今は塗装で塗り分けられている。それだけでなく、塗り分けたそれぞれの部分は、住み手によっていろいろ付け加えられているようだ。屋上部分にも、それぞれ建て増しているのがわかる。もちろん違法だろうが、行政も今さら何も言わないのだろう。これらの建物の裏側は清澄庭園である。どういう経緯でこのようになっているのか?だが、都市景観としてはなかなか味がある。こういうのアジア的・・と思うんだけど、どうかな・・現代東京の中のアジア。生きられる空間・・と、言っても良いな。
近寄って見上げてみた。オォッ!デザインしている。これ、その誕生の時は、それなりの建築家が関わっていたんじゃないの。
だがこの写真を撮って一月、いまだに調べはついていない。
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コメント
はじめまして。先日偶然このブログを見つけまして、それ以来時折拝読しております。鋭いご指摘・ご意見が大変勉強になります。有難うございます。さてこの清澄庭園脇の建物ですが、この春までこの近所に住んでおりましたため大変懐かしく拝見しました。正式には「旧東京市営清澄庭園店舗向住宅」と言うそうです。来歴などは以下のHP等をご参照下さい。http://blog.goo.ne.jp/asabata/e/f4800dc957e1a3f1bc3c842a80e70192
地元の方に聞いたところでは、改築になると居住者が退去しなくてはいけなくなるので、あのような妙な(香港的な?)改修が行われているそうです(真偽の程は定かではないですが)。松葉一清さんの「帝都復興せり」にはこの建物と庭園を上空から写した写真があったと記憶しています。当時の東京市設計部の作品と思いますが、彼らの震災復興にかける意気込みや遊び心が印象的です。こういう設計者の息遣いの感じられる建物が一つでも多く残っていくことを願っております。
投稿 哲 | 2007年10月27日 (土) 09:18
旧東京市営清澄庭園店舗向住宅に関する情報いただき有難うございます。また、小生のブログを時折お読みいただいているとのこと、嬉しく思います。旧東京市営清澄庭園店舗向住宅はいわばB級映画のような建物ですが、捨て難いものがあります。傍を通った折にその匂いに気づき、デジカメに姿を納めました。こういうのが街歩きの楽しさですね。
投稿 キャロのご主人 | 2007年10月28日 (日) 22:50
コメントありがとうございました。目立たなくてもB級でもいいと思います。作った人の心が(感じ取れる人が見れば)わかるような建物が少しずつ集まることで街並みを作っていくのではないか、と思います。東京は(に限らず)建物を壊しすぎて、匂いのするところがどんどん消えて無臭になっていっているような気がします。ヨーロッパはいい、と言うと何か馬鹿な西洋礼賛者のようで嫌ですが、彼の地の町を見るたびに彼我の間に基本体力の差が歴然とあるように感じてしまいます。壊す自由、建替える自由、好きな表現をする自由、建築は自由だろ、と言われればそれまでですが、それは何だか子どもの自由でしかないような気がするのです。余談が過ぎました。以前書かれた月見台とファンズ・ワースの類似の話、感嘆して拝見しました。日本人はこんなにも素晴らしい美学を持っていたのにどうしてしまったのでしょうか・・・。今後ともブログ楽しみにしております。
投稿 哲 | 2007年11月 3日 (土) 07:39