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2007年12月15日 (土)

2007年12月15日天気晴朗にして

実はこのところブログを書くのがしんどいのである。「しんどい」というのは関西の言葉で、疲れる、つらい、という意味である。理由は二つあって、一つはとにかくやらなければいけないことがたくさんあって、時間が無いということ。もう一つは書くネタが無いということである。二番目の理由は更にその理由があって、外をぶらぶらと出歩かないからネタが拾えないということである。それというのも時間が取れないからだから、結局は時間が無いということに収斂してしまう。ネタがなければ同じようなことを繰り返すしかないので、これは俗に言う繰言ということで、症状としてはボケ老人に近くなる。俺はまだボケるほどには歳をとっていない。時々知っているはずの人の名前が出てこないことがある。それはたいがい前の日に飲みすぎた酒のせいで、歳のせいではない。朝、降りるべき駅で降りず、二つほど過ぎた駅でそのことに気が付く、いや正確に言えば目覚めることがある。それは降りるべき駅の三つ手前で、立っている俺の前の席に座ってた奴が電車を降りたためである。立っている自分の前の席が空き、そこに座る。日頃の仕事で疲れている俺がそこでついウトウトと寝てしまったところで、誰が俺を責められるだろう。据え膳食わぬは男の恥、空き席座らぬはオヤジのやせ我慢である。

ネタが無いので読んだ本のことなどを書くことになる。あの本について書こうか。あの本とはアレックス・カーの「犬と鬼」のことだ。これはちょっと根性が要る。今はやめとこ。もうちょっと気力が充実している時に書こう。

Photo写真一枚載せとこう。

鳥越神社の近くで撮った。撮り貯めた写真の中の一枚だ。こういう街の風景がなかなかにすごい。それにこの建物、うまく再生すれば人を呼べそうじゃないか。

こういうのが古い建物、無名の建物の力というものだね。ゲニウスロキ。地の霊よ目覚めよ、目覚めて再び時を刻めよ。

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2007年12月 8日 (土)

東京中央郵便局について追記

少し前に、保存が取りざたされている東京中央郵便局の建物について書いたが、その後、朝日新聞に少し詳しい記事が出ていたので、それについて記録しておく。

記事が出ていたのは11月27日の朝日新聞朝刊である。「名建築・東京中央郵便局舎に超高層化の危機」と題されている。

この建物の保存云々のことが話題になったのは、この建物を壊し、高さ200メートル、床面積約19万平方メートルの超高層ビルを建設しようという計画が、日本郵政から発表されたことに端を発しているようだ。そして日本郵政は郵政民営化で誕生した会社であり、つまり名建築・東京中央郵便局舎の危機は、小泉改革の波によって迎えた危機だということになる。だが、朝日の記事によれば、この新ビル建設には870億円の資金が必要とされており、その資金の多くは借金で賄うという、かなりリスクの高い事業らしい。だから、自ら巨大ビルを建てるより既存の建物を保存し、空中権つまり余剰の容積率(その土地で法的に建てられる建物の床面積の余り)を他の近隣ビル建設に転売すれば、日本郵政自身はリスクを負わず、確実に収益を得られる・・・というのが朝日の記事の論調である。

日本郵政は民営化後、不動産ビジネスに意欲満々で、三井不動産と三菱地所から人材を迎えたということだ。東京駅周辺では幾つかの新しい高層ビルがここ10年の間に次々と建っている。最近できた新丸ビルでは家賃が坪あたり5万~6万円とも聞く。この家賃相場が本当であり、今後もこの家賃相場で推移するなら、借金してもビルを建てることは経済原則にかなっている。加えて、東京駅周辺では既に丸ビルや新丸ビルなど次々に建物が建てられ、日本郵政が空中権を転売しようにも、それを買ってくれる適当なビル建設計画が中央郵便局舎の敷地周辺にはもはや残っていないのではないか?・・と思える。このビジネスが本当に危険なのか、あるいは金の卵を産む鶏であるのかは、この新聞記事から簡単に読み取れない。

この朝日の記事からもう一つ知ったのは、吉田鉄郎設計のこの東京中央郵便局舎を褒めたとされるブルーノ・タウトの言葉だ。「明朗で純日本的」「西洋の有名な建築の後塵を拝している点はいささかもない」と評したとされる。おそらく、当時の日本の建築の中では、非常に清新な雰囲気を持った建物であったのだろう。そのことは現在この建物を実際に見ても感じられることである。だが、西洋の有名建築の後塵を拝していないまでも、先頭集団に入っているとも思えない・・・という俺の評価は変わらない。ようやく、日本の現代建築がこういうモダニズムの表現を破綻なくこなせるようになった・・ということを、タウトは評価したのではないだろうか。

建物に対する評価とは別に、俺自身はこの東京中央郵便局舎は保存した方が良いと思う。だが、その一番の理由は、ここに超高層ビルが建つことによって、東京駅の景観が損なわれるということである。単体の建物の保存問題として論ずるのではなく、東京駅周辺の景観がどうあるべきか・・・という議論があってしかるべきなのではないか。そういう議論が聞こえてこないのはどういうわけなんだろう?

以上、朝日新聞の記事を読んで考えたことをダラダラと書いた。

ここのところ、またひどく忙しいのだ。年末だからね、いつものことである。こういう時は、慌てず、一つ一つ着実に片付けていくのが良い。焦ってはいけない。平常心これ道なり。朝にはこのように思う。しかし夕方には何も片付いていないのに気が付く。いやいや、片付いていないのは俺の段取りが悪いからである。明日には体勢を立て直し、ふたたび平常心を取り戻すであろう。そうして一週間は瞬く間に過ぎ、やはり何も片付いていない。これは俺が時間を使うことにまだまだ未熟だからだ。週末の深い反省の基、来週には一つ一つ片付けるであろう・・・。あぁ、そうして年末が過ぎていく。

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