50 Years After 1960/八束はじめの立ち位置
八束はじめという建築家がいる。今は芝浦工業大学教授をやっているが、この人が雑誌「10+1」の最終号に「50 Years After 1960」という小論を寄稿している。これは俺にはかなり面白い記事であった。現代の建築論や都市論の流れの、それもかなり主流のところを手短に教えてくれる。俺自身の考えと近いところもあり、違うところもあるけれど、この論文を読みながら建築や都市について考えることは、間違いなく知的な楽しみとなるであろう。
八束はじめという人は、俺が学生の頃、いろんな建築のアイデアコンペでそこそこ入賞を果たしていた人だ。その意味では若い頃から知る人ぞ知るという人であり、また当時は東大の博士課程に在学中で、勘ぐるに、建築理論家として磯崎新の後を襲おうという野心は並々ならずあったのではないか。
まあしかし、建築家というのは、理論はともあれ、美的な才能はあるレベル以上持ち合わせていないとどうしても限界がある。八束さんの建築作品というのはいつもそういう限界を感じさせてしまう。頭は超いい人だ。だけども実作には人の心をつかむものが無い。
ま、人物評はこれぐらいで、50 Years After 1960 のことだが、八束はじめ氏はそういう自分の才能のことをかなり自覚しているのであろう・・・などと、読む方は少し「痛い」思いを感じながら読むことになる。だが、今この世界に起きている事に対する立ち位置は(一つの立場として)的確である。
昨年の正月に『日経ビジネス』誌が「もう止まらない 東京大膨張」と題する特集を行なった。建築界がコンパクト・シティとかシュリンキング・シティとかいっているのとは正反対である。・・・
・・・このビジネス誌のテーマはどうだ?ディベロッパーに色目を使うがごときものではないか?しかし、建築界の主流(?)のほうがより客観的に現実を見ており、後者(日経ビジネスの特集)は商業主義的に「誤った」ものだという根拠が本当にあるのかどうか?・・・
・・・つまり、私にとって(「正しい」ではなく)「面白い」テーマは「大膨張」都市であって、コンパクト・シティではない、とまず宣言しておく。
建築を論ずる時に、大膨張する都市-東京に限らず-を前にして、その功罪を挙げていたところでなんになろう。そんなこととは関わりなしに、経済活動として都市は変化し続ける。その事実から目を背けて、一つ一つの建築の「作品としての」出来不出来を論ずることの時代錯誤。八束氏は「面白い」テーマは膨張し続ける都市そのものである・・と言う。そのように自分の立ち位置を宣言する。
余談だが、日本の不動産業界のトップ、三井不動産とか三菱地所の社員の給与は、日本の建設業のトップ、鹿島とか清水建設とかよりかなり高い。下請け業者の給与はもちろんずっと低い。下請け業者の雇う日雇い労働者の年収は、不動産トップの会社の平均的社員の10分の1よりちょっとだけ多いという程度だろう。川上にいる者が川下にいる者を収奪しているという今の日本の構図は、悲しくもK.マルクスが130年前に指摘したとおりである。
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