建築家・伊東豊雄のこと
気になってコピーしておいた雑誌のページがある。いい加減に捨てたいと思うのだが、せっかくコピーしたのだから、その時何を考えていたのか記しておこう。
日系アーキテクチュアの2007年9月10日号の記事、「PEOPLE FILE 011 伊東豊雄」、というのがコピーしておいたページだ。伊東豊雄さんというのは、素人よりも玄人、つまり建築家や建築評論家の間では評価が高い。安藤忠雄よりか・・か?そうだ、安藤忠雄よりだ。安藤忠雄は肉食動物のような臭いがするが、伊東豊雄は菜食主義者・・かどうかは知らないが、そういう雰囲気だ。頭は安藤よりよっぽど良さそうに見える。菜食主義者が肉食する者より頭が良いというデータは無い。鯨を食うやつは野蛮だ・・というのに根拠がないのと同じだ。
伊東豊雄は近頃では知性的建築家として磯崎新を凌ぐ。磯崎新が最近益々爺さん臭くなってきたからだ。人は誰しも、もう終わりの近いやつより、今まだ盛りの権威にすり寄るものだ。黒川紀章の例を挙げるまでもない。黒川が死んで、「とういうことは、磯さんも近いのでは」、などと不謹慎に考えたやつもかなりいるはずだ。その点、伊東さんはまだまだ元気だろう・・・一寸先は闇ではあるが。
僕が80年代から90年代にかけて興味を持ったことは、軽くて透明で、実体のない建築をつくることだった。社会的にもそうした流れにあった。だけど僕は今、現実だけに合わせるのではなく、『こうなったらいいな』という希望を込めたものをつくりたいと思うようになった
今や、巨匠の域に達しつつある伊東豊雄のこの言葉を、皆は真剣に聞いているのであろうか。「軽くて透明」であることにいかなる価値があったのか?・・・ストリップ劇場の踊り子嬢の衣装のことを意味していたのではないか・・・いや、それなら最初は透明でない方が良い・・・などという不謹慎な議論をしてはならない。「実体のない建築」というけれど、建物は建ったら最後、とてつもなく重いものである。軽い紙やプラ板で作った模型は、軽々と持てるけれど、これで実際に作ったら、同じように軽いはずだ・・・などと考えていたのなら、アホである。いやいや、伊東豊雄がアホのわけないだろう。かの東京大学建築学科卒業である。それで最近は「現実だけにあわせるのでなく、『こうなったらいいな』という希望をこめ」て建築するようにしているようだ。あの人、現実にあわせていたのか!?・・などとここへ来て驚くようでは何もわかっていない。いったい伊東豊雄の何を見ていたのだ。現実とは実体のない世界、色即是空、空即是色である。まことに(ほとんど死にかけの)深い境地におられた。
しかし我々俗人がこの境地に達するのは至難である。伊東氏もようやくそのことが分かられたのであろう。仙台メディアテーク以来の伊東氏の作品が、良し悪しは別にして、確かに変わったように思えるのは俺だけか?そこには伊東氏の「こうなったらいいな」が、込められているのである。我らは今こそ、伊東氏の教えるところをよく学ぶべきである。
これでやっと雑誌のコピーを一枚捨てることができる。捨てることで、また新しいものを拾えるというものだ。
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