2008年3月16日 (日)

2008年3月16日/京都より戻る

Xivバイキング料理を食った。それも相当に豪華なやつである。左の写真は俺が自分のためにまず取り揃えた料理の皿である。大皿には酢豚、蒸し鶏、くらげの酢の物がのっている。バイキングだから自分で皿に盛った。このような時にも美しく盛る。欲しいだけ山のように皿に盛って来るような、はしたないことはしてはいけない。 酢豚がよくできており美味かった。黒酢を用いてある。豚肉が香ばしく、プロの技が生きている。左端の小皿にあるのは生麩の田楽だ。これもなかなかのもので、舌を楽しませてくれた。写真には写ってないが、冷えた生ビールのグラスがこれらの横に鎮座している。こうして俺は、前の席にいる妹の旦那や横にいる姉とグラスを合わせた。「チーンッ」。それはその後2時間におよぶ晩餐の、まさに開始のゴングとなるのである。「もうこれ以上無理だ・・」と、胃が叫ぶまで・・・。

実は金曜の夜に京都の実家に帰った。正月以来である。今日、3月16日にこちらに戻ってきた。今回は2泊しただけで、慌ただしかったのだが、たまたま妹夫婦とその子供達も土曜日に訪ねて来ることになっており、母が手配して八瀬の方にあるホテルのバイキング料理を申し込んだのである。随分と張り込んだものである。

今回の記事はこれまで。今日の昼頃には再び関東に戻るために京都駅へ向かったが、その途中、同志社大学の今出川キャンパスを訪れた。美しい煉瓦の建物がいくつかある。写真を撮ったので次回の記事に載せようと思う。

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2008年2月10日 (日)

朝飯そして天才舞踏家のこと

三連休の真中の日曜日である。会社の俺の部署の者達は、今日も何人かは仕事に出ているだろう。そのことが気がかりである。連日の長時間労働を続けなければこなせない仕事の量と期日。それにも関わらず、意外と低賃金の業界である。そういうことに俺は、怒りに近いような感情を持つ。そしてそう感じること自体がすでに俺のストレスの種になっている。

2008210 とは言うものの、俺自身はこの三日間は職場へ行かない。日曜日の今日も朝7時ごろまで寝ていた。普段は5時半の起床だから、7時に目覚めるのは俺にしては遅い目覚めだ。それから犬の散歩、犬の餌づくりなどをして、やっと自分の腹もすいてくるので自分の朝食をしたくする。日曜日などは家族もてんでばらばらに朝飯を食う。ほとんど一緒には食べない。

左の写真、青い皿の上に載っているのはキャベツのおひたしに鶏ささ身の酒蒸しのっけだ。俺がけっこうよく作るおかずで、昨日の夕食に作ったものの残りを盛った。黒胡椒を上からかけることで風味が良くなる。メインはビーフシチューでこれも昨日の残り。ビーフシチューはデミグラスソースから作る・・・というのは真っ赤な嘘で、もちろん市販のビーフシチューのルーを使う。ただ牛肉は近くのスーパーから豪州産のスネ肉を買ってきて、赤ワインで数時間煮る。これが柔らかくなって、しかしスネ肉のスジ状の感触が残り、肉食ってるぞー、という食感が良い。右上のヨーグルトは缶詰の桃の上にのっけている。ご飯は上に乾燥わかめを振ってある。富山の名産で、人からもらった。香ばしくてけっこううまい。左上のビンは、わかめの茎の佃煮で、上野のなんとかいう店のものだ。これも人からもらった。もらって言うのもなんだが、この店の佃煮はあまり美味しくない。俺から言わせると、味が工業生産品になっている。店の名前は有名なんだろう。だが店の名前だけで売っている感じがする。それで、デパートとかを通じてある程度売れるのだろう。しかし、俺のような食通の舌をごまかすことはできないよ・・・などとつぶやきながら、朝食をいただく。けっこう豪華でしょ。

昨夜のテレビでだが、またまたすごい人のことを知ったなぁ。ヤン・リーピンという中国少数民族出身の女性舞踏家だ。こういう人を真に天才と言うのだろう。インターネットで調べた。いくつかの動画もある。それだけでもかなり感動できる。3月の渋谷Bunkamura日本公演、行きたいと思ったが、どこを探してももうチケットは完売している。あぁ残念だ。

小堀遠州について書こうと思って、またも別のこと書いてしまったなぁ。やっぱり、ブログは第一義的には日記だからね。次回は必ず小堀遠州について書こうと思う。

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2008年1月 6日 (日)

2008年1月6日ようやく

年が明けて、今日が今年の最初の日曜日である。昨夜遅く、年賀状をいただいた方の内、こちらが年賀状を出していない方への年賀状20数枚をポストに入れた。これでだいたいこの正月の年賀状戦線は終結したはずである。深夜の街は交通量も少ない。一仕事終えた気持ちで、歩きながら深呼吸を繰り返した。年末から正月にかけて、毎日やらなければならない用事がある。ブログの方はしばらく手が付けられなかったなぁ。

2007_001この正月も京都に帰った。その証拠に写真を一つ載せておくことにする。大晦日の錦市場だ。錦市場と言えば、日本でも最もはやっている商店街ということになる。この写真は御幸町通りから撮ったもので、錦市場の東の入口になる。この中へ入って行くと大変な人出で、まさにイモを洗う状態になる。ここへは正月に使う鰹節を買いに来た。小ぶりなものを選んで買ったが、一本2520円もした。錦市場はちょっと値段高めだ。これは錦市場というブランド料らしい。はやらない商店街からすれば、実にうらやましい話であろう。2007_003

もう一枚の写真はそこで売っていた白みそを撮っている。京都では正月は白みそ雑煮を食べる。味噌の味が決め手で、だから味噌がミソなのだ。良い白みそを使った雑煮は実に美味いもので、京都の雑煮がやっぱり俺には一番美味い。これを手前味噌と言う。

慌ただしい帰省であった。1月3日にはこちらに戻って来た。家族4人と1匹なので車で移動する。それが一番安いからだが、運転手を務める俺は、目一杯疲れる。3日の日は神奈川まで戻ってから、大きな事故渋滞に巻き込まれた。たった20キロを抜けるのに2時間以上もかかった。途中でも渋滞に会ったから、京都の家を出て、埼玉の俺の家に帰り着くのに都合12時間かかったのだ。途中休憩も入れてだが・・・。調子よく走れる時は7時間ぐらいだ。今回は疲れた。だから今、こうしてブログ記事を書いているのは、本当に「ようやく」という感じなのだよ。

さて、次回からまた少し建築について論考しようと思う。今日のNHKの日曜美術館という番組で小堀遠州のことを取り上げていた。小堀遠州。実にすごい建築家にして造園家、かつ先進的茶人にして有能な官吏(作事奉行)である。この人の残したものをテレビで見ていたら、建築における自由についてもう少し書いておきたくなった。つまり建築は自由である・・ということについてである。

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2007年9月24日 (月)

黒胡麻担々麺/門前仲町

01 「万豚記」という店がチェーン店とは知らなかった。建物に引かれて門前仲町店に入った。店員も全員中国人のようで中国語が飛び交っていた。それですっかり日本に在住の中国人がやっている店に違いないと思ったが、際コーポレーションという会社が展開している四川料理の店だということは後で分かった。この会社は日本料理やイタリアンなど様々のレストランを運営している。なかなか店作りのうまいプロ集団のようだ。この万豚記も店員を全員中国人にしているのは意図的であろう。

02 のれんが可愛いよね。「らーめんいただきます」か・・じゃ、いただきます。

豚が楽しげにラーメン食っている。間違ってはいけないが、店の中では豚を食わせているので、豚が食っているわけではない。だから豚が楽しそうに描かれているのはもちろん嘘だな。もっともこののれんの絵を見て、中で豚がラーメン食ってると思う奴はいないだろうが。

03 黒胡麻担々麺。なかなかの面構えで出てきた。ここの担々麺はこってりし過ぎと嫌う人もいるようだが、俺はけっこう美味しく食った。10点満点で8点ぐらい。腹減ってる時に近くを通ったらまた入ると思う。強めの辛味噌味が麺にからむ。大量の黒胡麻が香ばしい。汗が噴出した。

チェーン展開している店ではあるが、古い建物を再利用し、この深川の街に、下町らしい雰囲気を醸し出しているのはGOODだ。堅苦しい言葉で言うと「地霊」またはゲニウス・ロキ。軽く言うとコンテキスト。そういうの、街のデザインに於いては「個性」以前に尊重した方が良いと思う。

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2007年9月16日 (日)

あべちゃん/リーダーの条件

あべちゃんには最初から疑問を持っていた。でも昨年の今頃、日本国民の約半数は積極的に安倍晋三を支持してたよね。ここに来ての論調はひどいよ。ちょっと可哀想に思えてきた。もういいよ、あの人は十分に傷ついたみたいだ。ひょっとすると政治生命まで奪われたかもしれない。これほどの酷い退場劇。参院選敗北後に速やかに辞任していれば将来に可能性を残したかもしれない彼の再登板は、これで永久に無いと思う。

とは言え、あの人は自分の役割を誤解していたな。歴史に残る首相になりたかったみたいだけど・・・。確かに皆の記憶に残ったかもししれない。彼が望んだのとは逆の意味でね。

02 (組織の)リーダーになるには3つの条件が必要だと何かで読んだ。国も一つの組織だから首相にも当てはまると思うけど。その3つの条件とは、「能力」「人望」「正統性」だということだ。「能力」は当たり前だが、それだけでは駄目なのね。石田三成の例をひもとくまでもない。「人望」の無い人はやはりリーダーとしてはノーグッド。そして「正統性」。これが案外重要な要素だというのは、社会に出て俺達ぐらいの歳になるとわかってくる。能力があって人望があればいいじゃないか・・なんて青臭いこと言ってちゃいけない。大事だよ、正統性。じゃがね、安倍首相の場合、首相になった当時は「正統性」と国民的人気はあったんだね。最初から「人気」であって「人望」じゃなかったように思う。そして「能力」が無いことが明らかになるにつけ、その国民的人気も急落して行ったというわけだ。

01 てなことを、麻布十番の「あべちゃん」で友人と話していたのが、安倍晋三の辞任表明会見の前の日だ。麻布十番の「あべちゃん」は上出来の店。冷えたビールで焼きトンを喰らう。モツ煮込みも良し。あぁ、庶民でよかった・・・と。

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2007年8月26日 (日)

ぜんざい/沖縄

那覇市は首里の方にある沖縄そばの店に連れて行ってくれる人がいた。8月の最初の頃である。「しむじょう」というその店は地元では知る人ぞ知る店らしい。しかしそこへ着くには、細い道を山に向かってくねくねと上らなくてはならない。観光客でここに来る人は少ないようである。

沖縄のそばを始めて食ったのは建設現場の食堂であって、最初はあまり美味いと思わなかった。中華そばとウドンを足して二で割った感じでね。出汁も超薄味。中華そばをウドン出汁で食っていると言えば近いかな。現場の食堂のは、建設現場だというのに調味料を節約しているのか、お湯に近い味だったね。だが後に、おいしい店に連れて行ってもらったのをきっかけに好きになった。今回の「しむじょう」の店も美味しかったよ。でも食後に庭に出て食べた「ぜんざい」のことを書いておこう。感動。

Photo沖縄のぜんざいは熱くない。温かいそばを食った後、庭に出て東屋の屋根の下に入ると、そこには沖縄の夏の風が吹いていた。 東京よりはよっぽど気持ち良い。そこに出てきたのがこれ。氷アズキじゃん・・・て。この写真は少し食べたあとのもの。最初は氷が全面にかぶっていて真っ白なの。そこをスプーンでほじくると、下に金時アンと餅が現れる。その色の取り合わせが美しい。沖縄というと金とか朱色とか、あざやかな色合いのイメージがあるのだけれど、このぜんざいは最初白色で出てくるの。ただのみぞれ・・って感じ。白無垢の純真な奴が恥じらいながら出てきたと思って、そこを情け容赦なくスプーンでほじくると、中から金時豆のアンと餅という老練なコンビが出てくる。しかもその純真な奴と老練なコンビが力を併せて味覚を攻めてくる。おのれ謀ったか・・と気が付いた時は、スプーンがとまらぬ。久々に甘いものに感動した。

01せっかくだから「しむじょう」の建物についても少し書いておく。この建物は首里にある民家を利用して店にしたもの。沖縄の典型的、とは言ってもかなり上流階級の家の形を見られる。

アプローチはこの通り。正面にヒンプン(屏風)がある。邪鬼はまっすぐにしか入って来れないため、これで遮る・・・ということなのだが、建築計画的にも効果が出ている。アプローチに奥行きをもたらしている。屋敷に向かって入って行くとヒンプンにあたる。そこで右に折れ、まずは庭に出ることになる。この家ではそこから左に少し上ると家の玄関に至る。視界がさほど長くない距離の間に次々と変わって行く。これは京都の禅寺などでも似たような手法が見られる。

家の周りは日本の本土と違って、白い砂が敷かれている。草木を生やさない。ここに本土の文化との違いを見ることができる。02

白い砂に反射した光が室内を明るくするという効果も狙ったのだろう。しかしその他におそらく、草木を生やしたならそれは制御不能のものとなり、あっという間にジャングル化するという南国の事情もあったと思う。 ハブのような危険な動物もいる。草がぼうぼうでは蛇が潜んでいても分からない事になり、危険だったであろう。

沖縄では自然は本土のように優しくない。沖縄が自然豊富で、人々は自然を友として生きている・・・というのはちょっと単純に過ぎる見方だと気づかされた。

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2007年7月22日 (日)

鰹そして自由学園明日館のこと

デパートの地下の魚屋で、鰹のさくを安く売っていた。本日の目玉商品というやつか?そいつは買わねばならんだろう・・という天の声に従った。天の声が間違っていたこともあるにはある。しかし今回の天の声は、日頃悩み多いこの凡夫を救おうという有難い神の所業であったと知るのである。

玉ねぎスライスとミョウガの千切りを冷水にさらし、大葉を用意する。生姜、ニンニクをすりおろして小さい器に別に入れておく。ポン酢は市販のものでよい。鰹のさくを厚めの切り身に切り分け、先の玉ねぎ、ミョウガ、大葉とともに皿に盛る。なんという美味しそうな色合いだ。鰹の一切れを少量の玉ねぎとミョウガとともに大葉で包み、生姜とニンニクを混ぜたポン酢につけ、口に含む。大葉が前歯によりピシッと破れ、玉ねぎ、ミョウガがシャキッとつづく。そして思いの他、軟らかい鰹の身が俺の歯に噛まれるままジワッ、ジワッと旨味を口の中に広げるのだ。ピシッ、シャキッ、ジワッである。たまらずもう一切れを同じく、ピシッ、シャキッ、ジワッとやる。ここでビールをグイッである。旬のものを旬に食うのが食の極意だと・・なぜか得意げにうんちくを垂れる昨夜の夕餉であった。

自由学園明日館のことについて書くつもりであったが、昨夜の鰹の美味さは書き留めておきたかった。それはともかく自由学園明日館のことである。

01_16 自由学園は東京は池袋駅に近いこの場所、西池袋(昔は雑司が谷と言ったらしい)に、大正10年、羽仁吉一、もと子夫妻によって創設された。羽仁夫妻は雑誌『婦人の友』の創刊者でもあり、婦人の友社の社屋もこのすぐそばにある。自由学園は最初、キリスト教に基づく教育を行う女子のみの学校として作られたが、後に初等部や男子部が設けられる。そういうことは自由学園のホームページに詳しく書いてある。それよりも創設時の校舎が、当時帝国ホテルの設計のため来日中のフランク・ロイド・ライトによって設計されたことは、建築に興味を持つ者には広く知られている。

時間が無いので、詳しくは次回の記事に続ける。

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2007年1月28日 (日)

ハナタレ

Photo 10日ほど前のことだが、帰ろうとしたら呼び止められて、そのまま酒盛りになった。そこで出てきたのがこの焼酎「ハナタレ」だ。皆で分けて飲んだので、少ししか飲めなかったが、なかなかすごい酒であった。焼酎の安いのだと水みたいな香りの薄いのがあるが、これは濃い、強い。酒を蒸留するその最初に垂れて来るやつを集めるところから「ハナタレ」と命名されたということだ。香りをかいだその一瞬で酒飲みは顔がほころぶ。そんなんだから値段も張るらしい。確かこれで5~6千円はするとか。

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2007年1月 7日 (日)

我家の雑煮

正月は京都で過ごした。12月30日に車で京都に向かい、1月3日にこちら(関東)に帰ってきた。そうそう、ETCを装備したんだ。それで高速道路のゲートはスイスイ通った。ほんの少しだが気分良かったよ。

Zoni

京都の実家で食べる雑煮は、元旦は白味噌仕立て、二日目は澄まし汁仕立て、三日目がまた白味噌だ。京都の家がどの家もこのようなやり方なのかどうかは知らない。我家ではずっとこうだが、三が日とも白味噌雑煮の家が多いのではないか。

左の写真は元日のものである。男は餅の他に「かしら芋」と称するものを食わねばならない。あと里芋、大根など入っている。雑煮の上から削りたての鰹節をかけいただく。かしら芋はよく知らないのだが里芋の親玉のようなやつで、京都では正月に食される。これを食べきるのが大変で、なにしろソフトボールほどの大きさのイモである。食っても食ってもイモである。俺が子供の頃はこれを食いきるのが大変だった。なんでこんなものを正月から食わされるのか・・・と、うらめしかったものである。

しかし、基本的には白味噌雑煮は美味い。俺の子供はこの雑煮が好きで、下の娘が小さい頃のことだが、正月二日目の朝の雑煮を前にして泣き出したことがある。何故泣いているのか判らず問いただしてみると、二日目の雑煮が澄まし仕立ての雑煮だったのが悲しかったらしい。それは我家の笑い話として、いまだに正月になると語り草だ。

Hukucha

もう一枚は正月の雑煮とともにいただく「大福茶」だ。梅干と結び昆布が入っている。これも子供の頃は苦手だった。だいたい俺の場合、梅干が天敵だったからどうしようもない。梅干が食えるようになったこの頃はこれも全ていただく。

毎年同じように食っている正月の雑煮だが、今年も実家の両親とともにいただけた。二日の日は妹夫婦の家族も四日市から出てきた。姉の住むマンションでひとしきり酒を飲んだ。今年も良い年でありますよう。

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2006年12月29日 (金)

福井県三国町のカニ

12月22日、用事があり福井県を訪れた。その夜は三国町の民宿に泊まった。越前ガニの季節であり、カニをたらふく食うこととなった。

Echizengani01一人につき一匹のゆでたてのカニが付く。 この他にカニの刺身も脚二本ずつ来た。最後はカニ雑炊というコースで、一人2万円だ。これは宿泊料金、朝食も込みの値段だから、こんなものかと思う。翌朝の朝食もたっぷりで、ちょっと食いすぎたか・・・12月は食いすぎ、飲みすぎで、腹の周りにその影響を見て取ることができる。天罰てきめんということだ。

道がややこしく、宿につくのが遅れたのだが、こちらが到着するまでカニをゆでずに待っていてくれた。生きたカニをゆで、ゆでたてを喰らう。冷凍物にはない風味、食感。贅沢、贅沢。他に甘エビや白身魚の刺身。どれも新鮮で東京で普段食っているものと歯ごたえが違ったのである。

翌日、福井の建築を幾つか見てまわった。そのことは次の記事で。明日は京都に帰る。

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2006年10月15日 (日)

千疋屋のモンブラン

休日出勤した時のことだが、千疋屋のモンブランを買って帰った。家族にケーキを買って帰るのは久しぶりだ。ひとつ奮発して有名なケーキを・・・と千疋屋まで足を延ばした。この店は果物屋として有名なのだが、ケーキも多少売っている。中でもモンブランは前からその名を聞いていた。

Senbikiya01

一個840円(消費税込み)だ。家族4人分で3360円也。高い・・・

中にマロングラッセが一個入っている。それなりに美味かったが、二度とは自分達が食べる為には買わないだろう。

正直、ケーキはよくわからない。まずいとは思わないが、どれを食べても似たような味に思える。普通のケーキの2倍ぐらいの値段の価値があるのかどうか。それは俺にはわからない。ただ俺は、この有名なケーキを食べたということで一つ宿題を終えたような気になっている。

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2006年10月 7日 (土)

うどんのこと、前川國男邸のこと

週間朝日10月13日号を買った。表紙が森泉だった。森泉はテレビで時々見るモデルだよ。目の大きい、背の高い女性で、顔立ちもバタ臭い。と思っていたが、母親が米国人だそうだ。それでもっと驚いたのは、森英恵の孫だということ。週刊誌で仕入れた最新の知識を我が妻に教えてやったのだが、「そんなことは前から知っている。言わなかったっけ」と、軽くいなされてしまった。俺の最新の芸能情報が・・・。

買った週刊朝日の後ろの方のページに「お散歩レストラン」という連載がある。この号には江戸東京たてもの園の中にある「たべもの処 蔵」が紹介されていた。江戸東京たてもの園は以前に訪れており、たまたま「蔵」にも入って昼飯を食っている。このレストランの紹介に普通は店の中の写真を載せるだろうと思うのだが、どういうわけか前川國男邸の居間の写真が何の説明もなく載せられていた。「蔵」の内部はどうということのない平凡なインテリアであることは俺も知っている。それで前川國男邸の写真を使ったのかも知れないが、この記事では誤解する人もいるだろう。この号の週刊朝日に載っている建物内部の写真は「たべもの処 蔵」の店の中ではない。

「蔵」の中で出されている武蔵野うどんは、重量感のある麺であったように思う。甲州のほうとうがそうであるように、関東の小麦粉で作った麺は重量感がある。それと比して四国の讃岐うどんはコシ、つまり弾力性が売りだ。麺そのものの味や食感が大切であり、一番美味い食べ方は茹でたうどんに卵を落とし、鰹節を一掴みかけ、醤油をぶっかける・・という。

ところで、俺の育った京都の家では、ずっと昔から、出前を頼むにここと決めたうどん屋がある。このうどん屋は人に店の名前を教えたくないぐらい美味いうどんを食わす。ここにこそっと書いておくが、「河内屋」というどこにでもありそうな屋号で、この情報だけでこの店に行き着く危険性はなかろう。さて、このうどん屋の麺はコシが無い。そしてのびても結構うまい。何が美味いって、ダシが美味い。京都に帰るたびに一度は食うのだが、何度食っても美味い。高校生の頃は一時に二杯、きつねうどんとしっぽく、なんて具合に食っていた。大人になって、東京に出て、以来いろんな店でうどんを食った。讃岐うどんももちろん食った。先に書いた「たべもの処 蔵」の武蔵野うどんも食った。それぞれに美味かったが、しかし、自分の中のうどん番付はいまだに「河内屋」が東の横綱である(西にあるけどね)。多分俺の脳の味覚中枢がこの店のダシのアミノ酸に侵されてしまっているのだろう。こんなこと書いてたらまた食いたくなったよぉー。

Maekawa01そうそう、前川國男邸だけれど。江戸東京たてもの園を訪れたそもそもの目的はこの建物を見たかったからなのだ。それでどうだったの・・と聞かれれば、そりゃ良かったわな。想像していたより小ぶりな建物だった。しかし、建物の隅々まで空間の質の良さが感じられた。プロポーション、素材の選択、色、ディテール等々。やはり前川國男というのは一流の人だったのだと思わせる完成度だ。前川國男がこのような木造の、勾配屋根の建物を他に設計したのかどうか?コンクリートの建築で有名な人だからね。もしこれが、彼の設計した唯一の木造だとしたら、やはり驚きだね。

Maekawa02

下手はいくつやっても下手。天才は一作で神に近い完成度に至る・・・ってわけか。

今あらためて撮った写真を見返しても、建物の質の高さが伝わってくる。

最初に建てられたのは1942年だから戦時中?品川区大崎にあったものを後に解体し、軽井沢に保存されていた。それを1996年、江戸東京たてもの園に復元したということである。

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2006年6月10日 (土)

綿熊の天ぷら

Watakumaずっと昔から食っていて、それが当たり前の味になっているのだが、ある時ふと気が付いて、「これは美味いものだ・・」と合点するものがある。京都の実家から時々送ってくる綿熊の天ぷら、と言うか薩摩揚げには、若い頃にはさほど美味いと思わなかったが、上手な技が生きているように思う。そういうことは近所の人たちがよく知っていて、昔から変わらず客が絶えないらしい。

どう美味かというと、まず材料が良いらしい。塩加減も良い。それで冷めても2日ぐらいは美味い。もちろん揚げたてを食べるのが一番なのだが、京都から送られてくるものだから無理な相談だ。次に中に入っている野菜が美味い。ゴボウなどはシャキシャキとした歯ごたえが抜群で、そこいらのスーパーで買ったゴボウ天とは明らかに違う。芋の入ったのや、豆の入ったのもとても上手だ。これらの天ぷらは、おでん種などにするのはもったいなくて、まずは大根おろしとともにさっぱりといただくのが良い。残ったのがやや日を経て古くなったら、大根などと煮ても良いだろう。

京都は千本通り上立売を上ったところにある綿熊蒲鉾。そう、俺が中学の頃から、伯母が手土産に買ってきてくれたな。その頃は伯母には悪いけれど、美味いとは思っていなかったのよ。舌がまだガキの舌だったのね。

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2006年6月 3日 (土)

ぜんや

大学生の甥っ子が尋ねて来たのでラーメンを食いに連れ出した。JR新座の駅に近い「ぜんや」という店だ。この店は有名店だ。12時ちょっと前に店に着いたが、すでに15人ぐらいが店の外に並んでいた。店に入るまで30~40分ぐらいは待っただろうか。店を出た時も到着した時よりむしろ列が延びていたから、相当な人気であることが知れる。店の中は小さく、カウンター席のみ8人掛けか・・?という狭さである。しかしこれぐらいが亭主が一人でラーメンを作り続けるのにちょうど良い人数なのだろう。これ以上席を増やしても、食べずに待っている人が増えるだけで、提供できるラーメンの数が増えるわけではないのだから。

メニューは、ぜんやラーメン、チャーシューメン、メンマラーメンの三種類のみ。すべて塩ラーメンである。それだけで連日これだけの客を取る。さて、その味の方だが、リンクを張ったホームページを見てもらえばよい。詳しくレポートしてある。が、正直言って、俺には塩気が強すぎる感じがした。旨味は強い。しかしこの塩気ではスープを飲み干すまでは無理だ。なにせ俺は京都の育ちなもので、やはり薄味好みなのかも知れない。チャーシューは絶品だ。しかしこれもしっかりした味付けなので、味の濃いスープの中ではどうなのだろう。もちろん完食したが、また一人でも食べに行こうとまでは思わなかった。場所が不便ということもある。

俺も甥っ子も、ぜんやラーメンの普通盛りを注文。おみやげに餃子を二人前買った。しめて2040円なり。

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2006年5月27日 (土)

最近食した美味いもの

特段リッチな食生活を送っているわけではないが、この歳になるとたいがいの味には既に出会っているようで、そうそう新しい味に出会うことはない。それでも「これは美味い!」と思うのは、口に入れるまで予想できなかったものが口に広がった時だろう。サラミソーセージなどというものはもう過去に何度も口にしてきたし、こんなもんだろうという先入観が出来上がっている。先日、天王洲アイルにあるレストラン、T.Y.Harborの運営する水上レストランWATERLINEで食ったのはイベリコ豚のサラミだった。プレートに4切れついてきた内の1切れを食したところ、俺の想像を上回る美味さだったので写真に撮った。薄暗い店内だったが、このサラミは俺がこれまでの人生で味わった最高のサラミソーセージだろう。

Waterline01残りの3切れのサラミよ、お前達も俺の腹に入る運命なのだよ。

T.Y.Harbor・・・天王洲アイルで人気の店。食事して酒を飲めば男だったら1人6千円から8千円ぐらいかな。安くはない。

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2006年5月 3日 (水)

日暮里中野屋

表参道ヒルズのことは一回休んで、中野屋の佃煮のこと。日暮里の中野屋の噂を聞き、うなぎの佃煮を求めに行った。しかし5月中は予約が一杯で手に入れることが出来なかった。凄まじい人気である。朝9時に行くといくらかは予約なしで売る分があるらしい。しかしそれも列に並んで、買えるかどうかは運次第ということである。

Nakanoya01

仕方がないので「ワカサギの佃煮」を少しばかり買った。少し苦味があるが混じり気の無い味で、後味が良い。これを小さな皿に盛り、日本酒といただくと上々である。

でもやはり、噂の「うなぎの佃煮」を食ってみたい。それほどのものなのかどうか、自分の舌で確かめてみたい。ただ俺は見かけより短気なので、予約して一ヶ月先でないと入手できぬというのがどうもいけない。じゃ、朝9時に店に並ぶか・・というのも一手だが。思案中である。

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2006年3月12日 (日)

今日の献立は鯵のフライ

今となっては料理は趣味でなく義務だ。土日の台所を自分がするようになって10年にはなるから、新米の主婦よりは美味いものを作れると思う。だけど毎週土日に料理をしなければならないとなるとやはり負担感はでちゃうな。月曜から金曜は仕事、だいたい帰宅は9時から10時、遅い時は11時過ぎで、土日は家族の食事作りだから、一週間通してすっかり休める日は無い。それ言うと働いている女性は皆そうなのだから仕方が無い。俺も掃除、洗濯は妻にまかせっきりだ。

今日、3月12日(日)の夕飯は鯵のフライにする。鯵のフライは美味いよ。今日は中ぶりの鯵を5尾買ってある。これを3枚におろし、塩コショウをする。これが結構手間が掛かる。手早くおろしているつもりでも一尾5分、5尾で25分ぐらい。俺の場合は小骨も丁寧に毛抜きで抜くので時間が掛かる。しかしこうすることでフライをガブリと心置きなくかぶれる。フライにかけるソースはとんかつソースではなく、トマト味のソースを作る。缶詰のカットトマトを鍋に入れ、塩、コショウ、砂糖を適宜入れて煮る。これが鯵のフライには良い。今日はこの鯵のフライ以外に野菜で2品ほど作る予定。めんどうくさい。でも食うのは好きだ。

実は俺の血の繋がった祖父は料理人、それも生前は名の通った料理人だった。俺の親父はわけあって幼い頃に養子に出された。だから戸籍の上では俺はこの料理人の孫ではない。でも血は繋がっている。だから「お前は料理がうまいはずだ」と理屈の通らないことを両親はたわいなく言う。

料理は右脳を刺激する・・と、言われている。先日はタモリが「料理はもっとも身近にできる創造活動だ」と言っていた。その通りだ。材料、手順、出来上がりへの想像力等々。こんな高度な仕事を女だけにまかせていてはいけない。

話は変わって俳句のこと。これは俺のもう一つの趣味・・と言えるほど熱心ではない。時々思い立って句をひねる。俳句は短いが、いつもすぐ出来るわけではない。何週間も考えていることがある。この度は春雨に打たれる家の前の林の梢が印象深く、何とか句にしたいと2週間ほどあたためていた。

 黒き木立は手を広げて春雨をいただく

ほとんど自由詩の状態だな。そういうのを例えば湯船につかりながら思い出し、工夫する。今朝は朝風呂に入りながら状景を思い出した。そうそう、木々の梢が網のようで、それが静かに雨を受けているのが美しいのだなと。

 春雨や網打つが如き梢かな

しかし、例えが陳腐で今ひとつの気がする。説明も不足している。しばらく湯船にいると、静脈という例えが浮んだ。

 静脈の如き梢や春雨を得む

これは字余りだ。しかし、俺はこれで良いと思う。他に林の土を思い、もう一句。

 春雨や腐植土を割る香り来る

じっとぬるい湯につかっていたら、数年前に苦境に陥った時、妻の実家がある飛騨で詠んだ句を思い出した。

 桜木の芽をいたわるや春霞

桜の花が芽吹く前の湿った空気は、おそらく木々にとってはありがたい湿りなのであろう。やがて山一面の桜が咲く。年々歳々それを繰り返すのだが、それを見ながら自分は次にどうするべきか・・苦しい気持ちであった。

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2005年8月 6日 (土)

俺は梅干が嫌いな子だった

ここ数日は本当に暑くなった。外に出てしばらく歩くとよく冷えたビールを飲みたくなる。ほとんどパブロフの犬状態だ。暑い→ビール で、その間の連想が無い。

 炎天の街アスファルトの粘着を知る

いくらなんでもアスファルトがベタベタする訳ではない。しかしこれだけ暑い日にアスファルトの上を歩くと、アスファルトが柔らかくなっているのを感じることが出来る。実際、舗装を大別すると剛性舗装とたわみ性舗装とがあるそうで、アスファルトは後者の方になる。・・・などといかにも技術屋みたいなことを書いたが、要するにそれほど暑い夏の盛りを迎えたということだ。

今朝は朝からソウメンを茹でた。薬味に梅干の実をつぶし梅肉にしたのが美味かった。梅肉に少しレモン汁を入れる。邪道と言う人もいるかもしれないが、こうするとさっぱりとした味になり、梅の旨みも増すような気がする。そういう薀蓄を垂れながらソウメンを食っていると、妻に呆れたような顔をされた。俺がつい最近まで、と言っても5,6年前だが、梅干の食えない男だったことを知っているからである。

俺が45年間も梅干が嫌いだったのはお袋のせいだ。そろそろ離乳をさせようとして自分の乳首に梅干を塗った。かわいそうにまだ赤ん坊の俺は、甘い母のお乳を期待してお袋の乳首をくわえたとたん、あの梅干の酸味を口いっぱいに味わうことになったというわけだ。俺はその時泣きもせず、お袋が言うには、「お前は聞き分けのええ子で、それっきりお乳を欲しがらへんかった」そうである。あまりのショックで放心していたに違いない。それ以来およそ45年間、俺は本当に梅干ばかりは食い物と思えなかった。

食えるようになったとは言え、やはり少し苦手感がある。そういう俺が旨いというのだから、これは本当に旨いのだ。梅の酸味にあるある種のクセ、そのせいで時々梅干が苦手な人がいるというクセが、レモンの酸味で緩和される。

「あなたに梅肉の講釈をされたくないわ」という妻の言を聞きながら、「よし、また作るぞ・・」と、心に決めた俺であった。

 素麺をすすりて語る昔かな

かなり出来の悪い句を作ってしまった・・・と、承知しながらも書き留めておく。素麺という題は難しく、頭が働かない。

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2005年7月24日 (日)

秋葉原にて蕎麦を食らう

秋葉原の交通博物館の裏あたりは町名でいうと神田須田町で、有名な蕎麦屋が2軒ある。「かんだやぶそば」と「まつや」である。

kandayabu13~14年も前になるか、上司のFさんに”かんだやぶ”で蕎麦をごちそうになった。Fさんは東京の人である。ここが有名店だとは先刻承知のはずで、関西生れの俺に江戸の味を味あわせてやろうということだったのかもしれない。あるいはただ自分が食いたかっただけなのかもしれない。たまたま同行していた俺を誘って”やぶ”に入った。おごってもらってこう言うのは何だが、あまり美味いと思わなかった。この店の名物の掻き揚げも食ったが、皆が言うほどのできばえとは思えなかった。ただ、勘定書きの数字に驚いた。蕎麦とは案外高い食い物であると知ったのはその時である。

こう書くと店を悪く言っているようだが、実は俺は蕎麦の味がよく判らない。蕎麦は立ち食い蕎麦でも名店の蕎麦でもそれほどの違いを感じない。敢えて言えば、色の黒いいなか蕎麦の方が好きで、東京あたりの細めの更科蕎麦はもう「どうでもいいですよ」って感じだ。山形で昔食った板蕎麦は美味いと思った。冬の寒い時に、よく冷えた太目の田舎蕎麦をつゆにつけてたらふく食ったが、あれはまた食ってみたい。

”かんだやぶそば”へは靖国通りから入っていくと、道の突き当たりにポンと入口がある。これは建築的に言うと上手い。しかもその後が前庭になっており、それがわずかに見える。こういう風に誘われるとつい入ってみたくなるものだろう。実際、よくはやっている。

matsuyamise もう一つの蕎麦屋、”まつや”に入った。 こちらもひっきりなしに客が入っている。ここでは「ざる蕎麦」を注文した。 700円なり。値段の点ではこちらの方が手ごろだ。濃い目のつゆは江戸風か。こちらでは蕎麦をつゆにドボッとつけるのは無粋ということを聞いたことがある。知ったことか。俺は関西生まれの犬頭だし・・・。



matsuyaまずまずの味に思えたが、もう少し麺が冷たい方が俺の好みだ。

えらく夏めいたと思っていたら、店の中で誰かが「梅雨明けを気象庁が宣言した」と話しているのを聞いた。しかし今日あたりの梅雨明け宣言なら俺でも出来るな。実際、出かける前に妻に冗談で、「キャロ気象庁では梅雨明け宣言を出したことにしておく」と言ったばかりだ。

 秋葉原のそばスルスルと梅雨があけ

うまいっ!座布団一枚  何がうまいって、そばが蕎麦で、梅雨が・・・と説明するのは野暮ってもんだろ。

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