2007年2月26日 (月)

何故犬なのか

このブログ記事で100件目である。記念すべき100件目だが、感動するようなことは何も無い。何故、犬のように・・何が犬のようなのだろう??俺は自分でつけたブログの題名なのに、その訳が判らず、しばし腕を組んで瞑目した。

そうそう、近所の梅林が満開である。昨日の日曜日に一人、林の中に入った。埼玉県内のどうということのない、おそらくベッドタウンの一つと呼ばれるだけの街に住んでいる。生まれ故郷の京都と較べると、どうにもこのあたりの地霊は影の薄い奴ばかりで、俺には物足らないのだが、この梅林は花の咲く頃に別世界となる。

01_3梅林のそばに建売住宅がある。下見板張り風の素人受けだけを狙ったようなデザインの家である。それが梅林の中から眺めると、童話の中に出てくる森の奥の家のように見えるから不思議なものだ。この梅林の向うの家がすごく現代風の、たとえば安藤忠雄のデザインだったらどうだろう。俺はこれに関しては、この建売住宅が意外に良いと思えている。

この梅林の他に俺が気に入っている近所の景色をもう一つ。

Photo_2このあたりの土地持ちの方だろうか。広い敷地の家である。そこの蔵は先の梅林の近くにある。この蔵の造形はどこでも見られるようなものなのだが、そばを通るたびに目を惹かれる。この情景が自分を魅惑するその理由をよく分析できていない。だが、自分だけでなく、多くの人がこの情景に心を惹かれるはずだ。そこには何かがある。

何故、犬のように・・なのか。そういうことなのだ。

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2007年2月18日 (日)

キャロの近況

ブログを始めてこれが99回目の記事だ。次回が記念すべき100回目なのだが、だいたい1週間に1回しか書かないので、ブログ開設後約2年になろうとしている。つまり、ブログ開設時から2歳、キャロもそのご主人である俺も歳をとった。今のキャロは人間の歳に直すと50歳をちょっと越えたあたりに相当するそうで、現在の俺の実年齢に近い。これからは日を追うごとに俺よりも年寄りの身体になって行くということだ。ちょっと寂しくもあるね。いずれ俺より先に死ぬんだろう。しかし、こいつが死んでも俺は新しい犬を飼おうとは思わないだろう。家族はそう思っていなくて、そうなったら俺が新しい犬を飼いたがる・・と言うのだ。

070121

この犬は俺のことを間違いなく一番の主人だと思っている。ふと気が付くと俺の方を見ている。スキあらば俺に撫でてもらうか遊んでもらいたがるしぐさをする。煩わしいんだけど、それが可愛くもあるのだ。

俺についてまわるその犬が、10日ほど前にほとんど動かなくなって、情けなそうな顔をしている。2日ほど様子を見たが回復するようでなく、先週の日曜日に獣医のところへ連れて行った。獣医の診断は「背骨のあたりを痛めている」というのだ。人間で言うところのギックリ腰だな。ダックスフンドには多い症例だそうだ。注射を打ってもらい、薬を飲ませたら、昨日今日あたりはすっかり良くなったらしく、以前のようにウザイほどついてまわるようになった。

俺の方はというと、今年になってから目まいが続く。だんだんひどくなるような気がしたので、昨日、つまり土曜日に病院へ行った。予想通り、血圧が高くなっていた。これまでの人生で血圧が高いと指摘されたのは始めてである。しかし、血縁には血圧の高いのがいるので、もしやと思って医者へ行ったわけである。高いと言っても極端ではない。上は150を少し超えている。下は90を越えた辺りである。医者からは本当は生活のパターンを変えた方が良い(つまりストレスのかからないように)と言われたが、無理な話で、それは医者もわかっている。仕事をしていく限りストレスからは解放されそうにない。今日も仕事へ出ようかどうしようかと迷っている。外は雨である。

歳をとって、やがて初老の範囲に入って行く。ついこの間まで若手だと思っていたのにね。青年老い易く・・・ってわけだ。キャロはやがて俺を置いて先にあの世に行くだろう。そのことが・・・やっぱり考えると寂しいさ。

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2006年7月17日 (月)

キャロの下痢その後

キャロの下痢が治った。結局、2週間前に獣医のところへ行ったのだが、その時のやりとりはだいたい次のようになる。

「何食べさせてるの?」

「缶詰のドッグフード、乾燥のドッグフード、それに豚のミンチを混ぜてやってます」と、俺。

「それじゃ治るわけないね。最悪だよ」

「ドッグフードはやめなさい」と、医者は続けた。そうしてキャロを触診し、ずばり、「痩せ過ぎだね。近頃珍しいよ。痩せ過ぎるとね、胃腸が弱くなるんだ。すぐに吐いたり、下痢したりするようになる。太った犬は胃腸が丈夫でどんどん食べる。それも問題なんだけど、この犬は痩せ過ぎだ」

医者は下痢止めの注射をし、次のような指示を与えた。

「まず12時間ぐらい食事、水を与えない。その後は鶏ささみを茹でて、それにご飯を浸したものを面倒でも一日二回与えなさい。下痢がとまったら徐々にドッグフードを混ぜなさい。十分な体重になるまで一日二回食で太らせなさい」

医者の指示通りやって、下痢は止まった。今はすっかり元気で、少し太った。痩せている方が健康というのは、犬の場合必ずしも当てはまらない。太りすぎの犬が多いのは事実だけれど、痩せすぎもNGということを学んだ。それと、下痢している時にドッグフードは最悪だそうだ。

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2006年6月18日 (日)

キャロ6歳のこのごろ

Carro060218犬の6歳と言えば人間で言えば40歳ぐらいになるのかと思う。長女が小学校6年の時に飼いたいとせがんだ犬だ。その長女が既に大学生だ。この6年でキャロは、我家の一員としての確かな場所を占めるようになったと思う。よく見ると、そしてよその犬と比べてみると、身びいきかも知れないが、いや、多分身びいきなのだろうが、けっこう美形のミニチュアダックスだと思う。

キャロはある意味俺の同志だ。どういう意味かというと、生物学的にオスだという点でだ。俺の家では女房はもちろん、子供は上も下も女で、キャロがいなければ俺は家の中で唯一のオスだ。この犬に男であることの辛さなど分かるわけもなかろうが、娘にどなられているこいつが俺の膝に逃げてくると、「お前も大変だなー」と、撫でてやることで、実は俺も慰められているのかと思う。

そのキャロが月曜日にちょっとした事件を起こした。家族が皆出て行った後、ウンチをして、それが下痢便で、その下痢便を自分で踏んだ後、家の中を歩き回った。長女が夕方帰って来て惨状を発見し、発狂しそうになったと言うのだ。その後、娘は犬のウンコの跡を調べ上げ、その撤去と消毒に2時間を費やしたと言うのだが。もちろんキャロも洗われた。それも多分怒鳴られながら手荒に洗われたのだと推察される。この日俺が帰宅した後も、この犬は長女の方を何かおどおどしながら見ていた。

キャロが下痢をしたのは俺がその前日に、「どうせ自分の食い物を分けて食べさせたのが原因だ」と、責められた。誓って言うが、俺はその前の日にはこいつに人間の食い物を分けてやってはいない。ただ、餌の量が多かったのかな、またその餌に混ぜた豚のミンチの量が多すぎたのかな、とは思う。とにかく長女は、「まだなんか臭っている気がする」と、俺の方をにらみつけた。お前が赤ん坊の頃、女房の留守の間に下痢便をして、それに俺が気づきオムツを開いたのだけれど、「これは俺には手が付けられんな」と、そのままオムツを閉じたことをいまだに恨んでんじゃないだろうな。

キャロは今朝の散歩でもまだ軟らかいウンチをしていた。ちょっと心配。

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2005年10月 9日 (日)

犬のウンコの習性

今日の記事は、家の飼い犬の習性の意味を知りたいという気持ちから書いている。ペットを題材にプログを書いている人の中には、詳しい人がいるに違いない。

家のキャロは別名ウンコ犬だ。その訳は7月の末にブログ記事にしている。この犬は変な習性があって、家の者が出かけると、あわててオシッコやウンコをする。特に一人ぼっちにされると、すぐにウンコだ。ちょっとゴミ出しに出ただけなのに、帰ってくるとちゃんと立派なものがペットシートのまわりにしてある。(ペットシートの上ではない。このバカ犬はペットシートの上に乗って、つまりケツの方はシートの外に出してふんばるのである。教えたところで治るものか)

こういうのは他の犬もそうなのだろうか。だとするとその意味は何なのか?昔は置いていかれた腹いせにやっているのか・・とも思ったが、犬は自分の糞で鬱憤を晴らすという考えはなかろうと思う。知っている人がいたら教えて欲しい。

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2005年7月31日 (日)

飼うなら勝手に

キャロとは我家の飼い犬のことである。5歳になるオスのミニチュアダックスフンドだ。今となってはこの俺のことを一番のご主人だと思っているらしく、俺が家にいる時はしつこいほど俺についてまわる。

carro01「飼うなら勝手に飼いなさい。父さんは関与しない」と、俺は妻と子供達に言ったはずだ。確かにペットショップへは連れて行ってやった。しかしそれは、ハムスターに死なれて泣いている長女が、涙のかわく間もあるものかは、言い出したわがまま、「犬を飼いたい。ちゃんと世話をするから」という言葉に根負けした結果である。そうして5年前の冬にこいつは来た。

キャロという名はcarrot、つまりニンジンから来ている。

子犬はどの犬も可愛いものだ。無関心を装っていた俺も、ついつい抱き上げて幼い目を覗き込み、「キャロはいい子だね」などと言いながら頭を撫でてしまった。多分その時、こいつは勘違いを起こし始めたのだろう。もともとの素質もあって、一匹のバカ犬が出来上がるのにそう時間はかからなかった。

carro03妻も子供も俺が甘やかすからと言う。俺が飯を食っていると決まって俺の膝に前脚を掛け、俺を見上げている。俺を見上げているのではなく、俺が食っている食べ物を見ているのだという説がある。確かに俺は時々俺の食べ物をこいつにおすそ分けしてやることがある。こいつが俺についてまわるのは、俺に対する忠誠心ではなく、俺のガードが甘いからというわけだ。

夜中にトイレへ行こうとし、こいつのウンコを踏んだことがある。成犬になってからも時々とんでもないところにウンコをする。よってこいつをウンコ犬とも呼ぶ。まったく、妻や子供達が犬を飼おうなどと思いつかなければ、俺が夜中に一所懸命、畳にめり込んだ犬の糞の始末をすることもなかった。それなのに・・・。

「キャロが死んだらあなたは泣くわ」と、妻は見透かしたようなことを言う。犬の寿命からすれば、キャロが俺より早く死ぬのは順当というものだ。なるほど、こいつが死んだら、そのむくろを腕に抱き、「いい子だったね」と頭を撫でてやりながら、目から熱いものが溢れ落ちるのを抑えることは出来ないだろう。そんなことはお前達に言われなくとも先刻承知だ。しかし、こいつはまだ生きている。生きて家の中を我が物顔にうろついているではないか。それなのに、「淋しがってまた犬を飼おうと、言いだしそうなのはお父さんね」などと、今から言うものじゃない。冗談じゃない。もうこんな煩わしいことを繰り返すつもりは無い。俺はもっと安らかに新聞を読みたいし、旅行も行きたい。それでもお前達がどうしてもまた犬を飼いたいと言うのなら・・・。

俺はお前達に宣言する。「飼うなら勝手に飼いなさい。父さんは関与しない」

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