2007年9月 2日 (日)

楳図かずおの家/建築における自由

特段の理由も無く気持ちが沈んで、何もやる気がなくなる時がある。それも休日にそうなることが多い。忙しい日が続いた後にそうなりやすいようだ。愚痴になるけれど、忙しいのは大概つまらない(と言ったら怒られるかもしれない)雑用のせいだ。盆明けからこの2週間ほど、建築業界の某協会から来ている複数のアンケートに回答することや、前期の(7月から新しい事業年度に入っている)支店の受注に関するデータを集計すること、あるいは部下に人事評価のための目標を立てさせる・・という、この時期に特有の仕事が普段の仕事に加わった。業界のアンケートの回答を8月31日、締め切りぎりぎりに送付した後、何とも言えぬ虚しい気持ちになった。その気持ちを引きずったまま土日に入った。

Photo その土曜の朝の新聞で漫画家・楳図かずお氏が建てようとしている家についての記事を読んだ。近隣の人達が建築中止の仮処分を東京地裁に求めているその家は、外壁を赤と白の横ストライプに塗る計画である。楳図かずお氏は普段から赤と白の縞柄のシャツを着たりしており、それを彼のトレードマークのようにしている。その色の組み合わせが好きなんだそうだ。建設予定地の近隣の人々は、その外壁の計画に対して、「乱痴気」であり「身の毛もよだつ」建物であり耐えられない・・と、訴えているのである。楳図氏はそれに対して、「家は作品」であって「あんまり普通すぎても世間への貢献にならない。表現の自由は譲れない・・」と話しているということだ。この記事を読んで、俺はしばらく考え、二人の人物の言説を思い出した。一人はアレックス・カーであり、もう一人は妹島和世である。

アレックス・カーは俺より少し年上の日本に在住する米国人で、「美しき日本の残像」や「犬と鬼」という著作で知られている。「犬と鬼」の方は俺もこれから読もうとしているところだが、「美しき日本の残像」の方は先ごろ読み終えた。あまりにも美を価値の上位に置きすぎているのではないか・・と思えるところもあるが、大体においては俺が相当若い頃から抱いていた日本の景観に対する評価を、外国人の目から見てもそうであったかと裏付けている。要するに日本の景観は都市も、農村も、いや京都ですらもはや美しくはなく、むしろ醜さに拍車をかけている・・という事実の指摘だ。一例を引用しよう。

京都と奈良を色々と遊び回りましたが、それは目の前で破壊されつつあります。特に京都の場合、その破壊は凄まじいものであって、「今の日本人は昔の美に対して何らかの恨みを持っているのではないか」と思えるようになりました。

右の話のつまるところは、日本の自然と日本の伝統文化はもう駄目だという結論です。

もう駄目だと言われても、我々日本人はここに住み続けるしかない。確かに諸外国を訪れてみて、日本に目を向けると、日本人は実に色んな実用的理由をつけて、貴重な景観を破壊していることに気が付く。便利であること・・は大事だけれど、例えば赤ん坊を育てる時にロボットが授乳してくれるのならば、それを買って赤ん坊のそばに置くのだろうか?戦後の日本では美しいことはいつも無駄であり、金をかけてまで守るべき価値ではないのだろう。俺には人が生きる場所に対する愛情の不足と思えるが。

それから、表現の自由は守らなければならない・・という言説は本当に正しいのだろうか?便利であること、表現が自由であること・・これらを理由に、日本の景観はどれだけ情けなく毀損されてきただろう。建築家はどれだけそのような景観破壊に手を貸してきただろう。表現の自由のために。もういい加減に気が付かなければならない時期なのだが・・・。

妹島和世の名を出すのは、彼女が唯一悪いからではない。彼女は正直言って、我々世代の建築家の中ではやはり、稀有の感覚(あえて才能と言わない)を持った人である。ここで彼女の名を出すのは、先日何かの記事で、彼女が「『建築は自由である』ということを伝えるのが自分の建築の目的」だと考えているらしい・・ことを読んだからである。はたして建築は自由なのだろうか。「建築は自由である」という言葉はとても英雄的に響き、ほとんど反論できないほどである。だけれども疑わなければならない・・と俺は思う。もしそれが正しいのなら、それは楳図氏の言う「表現の自由」と、理論上どこがどのように違っているのだろうか。俺には分からぬ。

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2007年6月 9日 (土)

ルイス・カーン/この建築家から何を学ぶのか

ここに一冊の美しい本がある。TOTO出版から出されている「Louis I. Kahn Houses ルイス・カーンの全住宅」という本だ。ルイス・カーンは1974年、心臓発作によりニューヨークのペンシルバニア駅トイレで急死し、死後三日間、誰であるのか判らなかったと言われている伝説的な建築家である。その作品を建築の専門誌で始めて見た学生の頃、俺は一見してそのモニュメンタルで神秘的な造形にショックを受け、彼が死んだのを知ってから数年の間は、雑誌に載った彼の写真を切り抜いて自分の手帳に挟んでいた。つまり、心酔していたわけである。しかしやがてミースに、より普遍的なものを感じるようになり、カーンについてはミースとの相対的位置において解釈するようになったのである。とは言え、ルイス・カーンは20世紀における最も重要な、かつ影響力の大きかった建築家の一人であったことは間違いが無い。

ルイス・カーンは、数々の大プロジェクトを抱えた多忙な晩年においても、住宅の設計を引き受けたということである。そのもっとも有名なものは、コーマン邸であり、フィッシャー邸であり、あるいはエシェリック邸である。「Louis I. Kahn Houses ルイス・カーンの全住宅」にはそれらが美しい写真とともに紹介されている。これらの家はいずれもペンシルバニア州フィラデルフィアの郊外に建てられている。

Photo_8エシェリック邸かな、俺の一番好きなのは。まあこれは好みで言っているので、フィッシャー邸が良いと言う人もいるだろう。いずれの家も、極上のプロポーションを持った窓で穴を穿たれている。それゆえ、室内からフィラデルフィア郊外の豊かな自然を眺めた写真がすばらしい。絵になる。

外観はどれもそれらすばらしい自然の中で、そこに置かれた一つの彫刻であるかのようにくっきりとした存在感を示している。カーンの場合、物質感、素材感というものがとりわけ重要なテーマとして、建物全体の印象を作り出している。木は木であり、鉄は鉄として、天と地との間にはっきりとした存在を現している。それをそのように在らしめているのは光であり、それを有効に働かせるディテールである。

しかしそれゆえに、カーンの住宅はライトやミースの住宅作品とは空間の捉え方が異なっている。カーンの住宅は、本質的に砦である。自然に対して防御的な構えを見せているように思う。なるほど、室内からは十分に美しい自然を眺めることができ、堅実に穿たれた窓から入る光がいずれの家の内部空間も厳かでありながら温かみのあるものにしているのだが・・・それが、これらの家の魅力であることは疑いようのないものなのだが。Photo_9 ミースのファンズワース邸はイリノイ州にあるから、フィラデルフィア郊外と同様に冬は雪も降るし、自然条件は同じようなものである。しかし、ファンズワース邸には外へ開いて行こうという意志が感じられる。前にも書いたが、ミースは欧米の現代建築家の中ではテラスの効果を最も意識的に使った建築家である。

カーンの描いた住宅の平面を見ると、内と外があり、大別すればそれだけである。ミースの住宅には、内、外、その中間領域を指摘することができる。カーンのやり方を批判しようというのではない。建築家はどちらのやり方もあることを理解しなければならない。

それにしてもカーンが設計に際して、例えば住宅なら住宅を初源から考えようとしていたことを忘れてはならない。その思索はハイデッガーに通じるものがある。彼が詩人のような建築家であると評される所以である。

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2006年8月20日 (日)

本郷-番外編

本郷通りの西側、本郷四丁目から六丁目のあたりは坂が多い。いわれは知らないが「見送り坂」と呼ばれる本郷三丁目交差点付近から菊坂へ向かって下っていくと、鐙坂(あぶみざか)にしだいに近づくことになる。樋口一葉が明治23年、父親の死後、母親と妹とともに移り住んだのがこの地で、その旧居跡と言われる路地を訪ねた。

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菊坂上の通りから下の通りを覗く。東京の下町の感じが色濃く残る。樋口一葉旧居跡とされる路地は、この階段を降り、左へ行く。路地へ入るとこれがすごいんだが、その入口としてのこの場所はすでに期待を抱かせるに十分だ。階段の手すりの下にビニール傘がぶらさがっているのなどは泣かせる。そんなことで泣くやつはほとんどオタクだと言われそうだがな。

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路地の入口から奥を覗くと、近所の大工かとおぼしき男二人が立って奥の家を見上げていた。

この路地は狭い、が、ゴミのたぐいは一つとして落ちていず、外に置かれた各家の鉢植えは手入れされている。ここを不潔という思う感覚はいささかも覚えず、むしろ懐かしさがこみ上げてきた。

しかし、領域性はきわめて高いと言える。この場所へは、よそ者が断り無く入っていくのは躊躇される。その意味で、なにも警備会社に頼まずとも防犯性の高い空間になっている。

路地の奥に入ると、ここに住まわれていると思われるご婦人が二人、鐙坂へいたる階段の上で立ち話をされていた。

Hongo05

この空間が持つ濃密な生活感をどう表現すればよいだろう。この場所は狭く、防災上は確かに脆弱だが、醸し出されている空間の魅力は驚くほどである。さまざまの空間の技巧が見られる。路地の奥にある階段とその上に架けられた屋根。石畳。家の外にあふれる緑。東京の真中にこんな空間が存在するのは実に不思議な気持ちだ。俺は異次元の世界に迷い込んだような気がした。

「生きられる場所」とはこのことである。俺は、チャンスがあるなら、現代に生きる建築家や建築を学ぶ者はすべからくここを訪れるべきだと思う。近頃の精神分裂症的建築に欠けているものを、ここに見ることができるだろう。

樋口一葉は2年11ヶ月ここで暮らしたと伝えられる。母、妹の三人家族の戸主として、他人の洗濯や針仕事で生計を立てる一方、古歌や古典の研究を続けた。その一葉が使った井戸もこの路地に残る。

 寝ざめせしよはの枕に音たてて なみだもよほす初時雨かな  (樋口一葉)

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2005年10月22日 (土)

農家の美しさ

江戸東京たてもの園の中の建物はそれぞれに興味をそそられるものであるが、中に何軒か江戸期の農家があり、あらためて見てみると大変美しいものである。確かバーナード・ルドフスキーという人だったと思うが、「建築家無しの建築」という本を書いている。建築家、つまり建物の素材や色形を決める専門の職能の人間が介在することなく生れた建築を、写真と文章で紹介したものだ。随分昔に読んだので内容の詳細は覚えていないが、世界中のどこでも、そういう建築家無しの建築に驚くべき建築の真理を見ることが出来る・・・という話だったと思う。江戸東京たてもの園の中の農家建築もそういう建築家無しの建築の好例であろう。

tsunashima01 綱島家住宅はそのような農家の中でも最も古いもののようだが、その建物デザインとしての面白さは一番のように思える。ここに掲げた写真は俺が撮った。下手。オイッ!そこのオッサンどけっ!この人が動かないんだなー。いらいらして撮った一枚である。

茅葺の屋根が美しい。寄棟であるが東南隅が切り取られた形になっており、その切り口が美しく、屋根の形に変化を与えている。屋根がこれぐらい大きい方が全体として安定した形となり、風景にもなじむようだ。

しかし敢えてこの屋根を取り払った立面を想像してみると、驚くほど現代的な造形が現れる。それはミースであり、丹下健三であり、谷口吉生と通底する美意識である。そのような美がこの建物園のより新しい農家建築より、最も古い(江戸中期)の綱島家住宅に顕著に見て取れることは示唆的である。

tsunashima02 こんどは部屋内から撮った一枚である。ススキや団子が今宵の月を待つ風情である。やや太目の格子、茅葺の庇の先端の美しさ。黒光りする板の床。この場所に座り込み、外を眺めれば、「アアッ、日本人でよかった」と思うこと請け合いである。このような時間と空間を我らの文化の中に持つことを誇りたい。

 板の間も堅くはあらずススキあれば

 板座敷ススキや団子今宵待ちかね

綱島家住宅は江戸時代中期、現在の世田谷区に建てられたものだそうである。建物に見られる意匠は、18世紀初頭の関東平野の民家に共通して見られる特徴を示す。現代建築に興味を持つ人にもお薦めの一品である。

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2005年10月10日 (月)

田園調布の白い家

関東に住むようになってから20年以上になる。しかし今も自分のことは関西人だと思っている。東京のことは未だにあまり好きではない。いや東京だけではなく、関東のどこも自分にとっては異郷である。そういうわけだから俺はめったに関東のことを褒めない。そういう自分が東京について感心する事が一つある。整備された広い公園がここかしこにあるということだ。小金井市にある都立小金井公園もそういう公園である。

小金井公園の中には、「江戸東京たてもの園」という、江戸期から昭和にかけての東京近辺の建物をいくつか移築保存し、展示している施設がある。これらの保存建築物の中でも、特に前川國男邸を見てみたいと思い、先月足を運んだ。さすがに前川國男邸は良かったが、その他の建物もなかなか興味をそそられるものがあったので、その幾つかについて感想を記しておきたい。その第一番は、大川邸である。

ookawahouse1子供の頃、田園調布というところがあると教えられた。金持ちが住むところだという話だが、関西にある芦屋とはまた違うイメージをふくらませた。芦屋にも行ったことは無かったが、石垣で囲まれた豪壮な邸宅が並ぶところと勝手に解釈した。それと比べ、田園調布は芝生の庭のある白い家があるところだと・・・。芦屋は松下幸之助のような大金持ちが住むところで、田園調布は一流と言われる組織の中で相当の地位についたエリート達が住む場所と想像した。この度、大川邸を見て妙に納得してしまったのは、そういう子供の頃に抱いていたイメージと符合するところがあったからだろう。

大川邸はバタ臭い建物である。下見板張りの外壁は淡い黄色の塗装がされ、窓枠やパーゴラは白く塗られている。全体の印象はロマンチックであり、芝生を前庭にして建っている姿はまさに俺が思い描く田園調布である。このような家を建てて住むことが、サラリーマンにとっての究極の夢だったのだろう。米国東部の郊外住宅を思わせる外観だが、屋根だけは日本瓦で葺いてある。

ookawahouse2左の写真は居間を撮ったものだが、俺の育った京都の町屋風の家とは随分と違う。洒落た家であり、俺は今にしてみれば自分の育った家が嫌いなわけではないが、子供の頃は多分こういう家に住みたいと思っていた。こういう家では、昼の3時ともなれば紅茶がクッキーなどと出てきて、「○○ちゃん、おやつよ」などとお母さんが子供らを呼ぶのだな。そうなるとそのお母さんというのは美人に違いない。おまけに薄化粧である。濃い化粧はいけない・・・などと、建築以外の妄想が始まってしまう。そういう部屋である。今は見学に供されているこの家だが、居心地の良さは十分に感じることができる。今もし今日における普通の人々の住宅の理想を考えるとしたら、この住宅の持つものに何を付け加える必要があるのだろう?さほどにあるとは俺には思えぬのだが・・・。

大川邸は、大正14年(1925年)鉄道省の土木技師であった大川栄氏の住居として建てられた。設計者は三井道男氏で、彼は当時岡田信一郎建築事務所の主任技師であった。つまりこの家はちゃんとした建築教育を受けた建築家の設計によるもので、当時の生活改善運動の理想を表している。

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2005年6月26日 (日)

陋巷に放り出された淑女

現代建築が嫌いなわけではないのだが、どうも足が向くのは古いやつだ。どうにも雑然とした街の中に、汚れてはいても誇りを失わず毅然と立っているのを見ると、「ああっ、なんとおいたわしい」と思ったり、あるいは見れば見るほど見所を発見して、カメラのシャッターを思わずバシャバシャ押してしまうのは、だいたいは古い建物である。

大江戸線若松河田駅を地上に出ると、どうということはない、ということはつまり東京では珍しくも無い雑然たる街が広がっている。あちらにコンビニ、こちらに雑居ビル、取り巻きの赤や黄色の大きな看板という揃い踏みで、そこにアスファルトの駐車場、電信柱から垂れ下がった電線が加わるから、まことに今の日本人には相応しい光景である。ところが少し辺りを見回すと、駐車場のアスファルトのむこうに、実に優雅な建物を発見して、マッそれは、「何故に貴女がこんなところに・・・」という感じで建っているのである。俺は本当にこういうのを発見した時は、ペロペロと舐めるように建物の周りをうろうろする。旧小笠原伯爵邸。小笠原家というのは礼法小笠原流の宗家であるから、その意味でも淑女と呼んで相応しい建物である。東京近辺に住する建築の学徒にして、これを未だ見ざるは怠慢である。今はスペイン料理のレストランとして利用されている。安くはないが、彼女を連れて食事に来れば、「まー、なんて趣味の良い人なの」と思われること請け合いである。その結果やっぱりふられたとしても当方は責任を取りかねるが・・。

ogasawara01 写真で見て判るとおり、バリバリのスパニッシュである。しかもレベルは相当高い。昭和2年(1927年)小笠原家第30代当主、小笠原長幹の本邸として竣工。設計は曾禰中條建築事務所。レベルは相当高いと言ったけれど、本当にこれがスペインに建っていたとしても、傑作として注目されたのではないだろうか・・と思えるほど本格派である。しかしどこか日本風で、つまり日本人好みで、だからこそ俺には好ましく感じるのかもしれない。俺はやっぱり日本人だワン。

ogasawara02

色々見所はあるのだが、玄関入った扉の上の欄間飾りが鳥と葡萄の蔓草をモチーフにしている。この図柄にして、品の良いこと。こういう図柄でも製作者のデザインの力量は出て来るものである。建築家がデザインして職人に製作を命じたものか、あるいは職人自らデザインの上、製作したのか、それは判らぬが、素材とバランス、その空間効果は十分にデザインしたものの力量を示している。この邸には他にも色々目を楽しませるものがあるので、中に入ってもとても楽しい。

この日は仕事上の客と一緒にこの建物を訪れ、晩餐を共にした。ワインをあけ、この建物を肴に建築談義に花を咲かす。この一時の優雅な時間よ。たまにはこういう贅沢も良いではないか。暮れていく光の中で、飲むほどに時空が溶解していく。

緑樹 陰濃やかにして夏日長し 長しといえども 飲むほどに 伯爵の家深く暮ゆく

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