2008年4月12日 (土)

桜咲く頃のこと

メタボ検診なるものが始まるらしい。まことにおせっかいなことである。ウェストサイズ85センチ以上が成人病予備軍だとして、あれこれと指導を受けさせられるらしい。昨年、大学建築学科の同窓の輩がたて続けに2人亡くなった。まだ50代半ばである。2人とも俺よりはよほど痩せていたが、命の炎は早く燃え尽きてしまった。どうもウェストサイズ85センチなどというのが健康のバロメーターだというのが納得いかない。これを超える男性が病気になり易いなどというのが統計的に証明されているのだろうか。反対を唱える医師もいるということではないか。・・・などと言っても、犬の遠吠えである。

健康の為に、休みの日は自転車で遠出することにした。そのために自転車も買い換えた。そんなに高級なやつではないが、一応21段変速のギアがついている。風を切って走る感覚が快適で、これに乗って休日に走るのは楽しくないこともない。先週の日曜は天気もよく、朝から大宮の方へ出かけた。

200801しばらく走ると田畑もある。桜は盛りを少し過ぎているが、まだまだ見ごろである。この小川は用水路か?水面に映る桜がずっと向うに続く。かみそり護岸はいただけないな。その上の青く塗られた金網フェンスはなおいけない。転落防止のために・・というのは分かる。でもこういう方法しかないのだろうか。見慣れてしまえばどうということはない・・・か。安っぽい解決策に走る国民性が悲しい。

だが桜は美しい。この辺りは初めて来た場所だ。真っ直ぐな用水路、その水面に映る青い空と桜の並木。この季節、この花は醜い日本をそれでも慈しむがごとくに咲いてくれる。

 ゆくりなき 郷の桜を 訪ねけり

生まれ故郷の京都を離れ、関東に住まうようになっていつの間にか四半世紀。子供達はこちらで育ち、上の子は成人を迎えた。今でも俺にとっては京都が故郷だけれど、あと10年もこちらで暮らしたら、ことさら京都へ帰る気持ちは失せるかもしれないな。それも自然の成り行きだが。

200802

川の土手に咲く桜。実は、こういう景色は俺にとって日本の原風景で、だからこれは「俺が久々に見た日本の景色」という感じなのである。うららかな日差しの下、土手の桜はただ咲き、ただ散り行く。これを思うときの不思議な安らかさはどうだ。

 一山の 花を飾りし 小川かな

日本人はあちこちで日本の国土を雑然とした風景に作り変えてきたが、どういうわけかその代償行為として桜を植えてきたように思える。それで、こうして休みの日にちょっと自転車で遠出すると、有名では無いけれども十分美しい桜の花に出会えるのである。こういう田園風景の中の桜を愛でながら、ゆっくりとペダルを漕いでいると、「ああ、日本人でよかったな・・」と思えて来るので、俺も相当に単純な人間である。

200803

土手に上がり、桜並木にそって進む。これだけの見事な桜だというのに、それほど人に出会わない。日曜日の朝まだ早いからか?でもいいなぁ。贅沢だなぁ。金も使わずにこういう気分を味わえる。休みの日といえど早起きしてみるものである。

 陽の在り処 土手の上なる 桜木の下

メタボ検診、俺の場合かなりきわどい。

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2008年2月 3日 (日)

雪の日/オヤジの気持ち

080203左の写真は部屋から見える外の景色である。今日はこの冬初めての積雪を見た。

子供の頃には気持ちが解らなかったが、大人になって、それもこれぐらいの歳になって解ることがある。カイロを身に着けるという行為もその一つだ。

親父が冬の朝、カイロに火をつけて布袋に包み、懐中に入れて外へ出て行くのをぼんやりと覚えている。最近は使い捨てカイロがあるので便利だ。俺も毎朝、シャツの上から貼り付けて仕事に出かける。ずっとつけているので、その内に何となく低温火傷状態になり、便所に入って位置をずらす。オッサン臭いこの行為を、そう自覚しながら止めることができない。これを止めると困ることがある。腹の具合が悪くなるのである。

この時期、カイロを忘れて出勤すると、通勤電車の中ですでにヤバイ状態になる。胃腸の働きが悪くなるのだろう。それが既に歳がいった証拠だと思うが、腹にガスが溜まってくるのだ。これを電車の中で音をさせずに静かに体の外へ出すには、相当の熟練が要る。更に、うまく人に気づかれぬようにガスの排出に成功したとしても、臭っていないかどうか気になる。周りがオヤジばかりならどうということもないが、若い女の子がいる時は何となく申し訳ない気になる。だからこの時期、カイロは離せない。

ただ窓の外を眺めて、暖かい部屋の中にいられるのはありがたい。今日はカイロもせず、家の中で遠慮なく屁を放つ。もはや家族は気にも留めない。臭いがしなければ・・という話だが。

 屁を放つ 我は男子に 生まれたり

いろいろ考えることもあるが、今日はこのあと少し読書をし、また買い忘れの食材を買いにでかけるだろう。そして夕食の支度をする。ブリが買ってある。ブリの照り焼き、そして酒粕汁。

 雪の日は いざ粕汁を したくせむ

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2007年11月25日 (日)

11月の終わりに

勤労感謝の日から三連休となったが、勤労感謝の日は会社に出て少し仕事をした。そのせいもあってか、あまりゆっくり休んだ気がしない。色々と考えなければならないことがあり、頭の中が何かしら緊張状態にあるようで、こういうことではいけないのだが・・と思いつつも、その緊張が土日にも解けないでいる。

先週のことだが、UIA(世界建築家連合)東京大会のキックオフレセプションというのがあり、社長の代わりに出てこいと言われ、気が進まないまま出席した。やっぱり知っている人はほとんどいない状態で、しかも狭い会場の中に人が居過ぎ。こういうところに長居はできない。一通りの挨拶が終わり、例によって「ご歓談」となったが、ワイン一杯飲んでサッサと引き上げた。実行委員の代表は槙文彦氏。会場には冬柴国土交通省大臣、石原都知事などが来ており、それぞれに挨拶をされた。有名建築家の姿もあちこちに見かけた。こういう場所はやっぱり苦手だ。

石原都知事が挨拶に立って、「東京の街は(景観として)ひどいもんだよ。これをなんとかするのに、これから建築家の皆さん頑張ってほしい。旦那であるゼネコンの言いなりになってちゃだめだよ・・・」と、まあ正確な言葉は書けないが、そういう趣旨の話をしていた。認識違いは甚だしい。東京の街がひどいのはその通りだが、それをそうして来たのはゼネコンのせいばかりではない。建築家も随分手を貸してきたし、今もそうだ。第一、ゼネコンは建築家の旦那的立場にはいない。ちょっと失笑を買ってたなぁ。

建築家を下手に頑張らせない方が東京は良くなるのじゃないのか?・・・て、そういうことは言わん方が良いな。自戒。

石原さんはさすがに話が上手で、ユーモアたっぷり。面白かったよ。

会場に用意されたご馳走には手をつけず、会場である東京国際フォーラムを後にした。暑い夏が長かった今年で、秋も暖かかった気がするが、それでもこのところ寒くなって来た。北風を避けてか、電話ボックスに乞食が入ってうずくまっていた。携帯電話の普及で近頃は電話ボックスは使う人少ないみたいだけどね。

 木枯らしを 片目で睨む 乞食がいた

 電話ボックスの乞食黒ずむ 寒き夜や

久しぶりに句を読んだが、題が題だけにちょっと暗いか?まぁいいだろ、こういうのも。

昨日は歯を歯間ブラシで掃除していたら、奥歯の詰め物が取れてしまった。何という事だ。この忙しい時期に・・・。俺は歯医者が嫌いだ。嫌いな理由のその一番が、治療に時間がかかるということ。二番が治療費が高いということ。つまり、高い金を払い、貴重な時間を取られ(しかも体は動くのだから、仕事を休むことはできない)、痛い思いをする。これが好きな奴がいたらオカシイだろ。

Photo 実は俺は立教大学新座キャンパスからそう遠くないところに住んでいるのだが、そこに最近、「太刀川記念交流会館」という建物ができた。そばを通りかかった時に目についたので、妻に「なかなか良い建物のように見える」と言ったところ、後日彼女が、「お父さんが良いと言ってた建物、なるほどきれいな建物ね」と、俺の意見に賛成してくれた。妻がこのように建物の良し悪しが多少見えるようになってきたのは、ひとえに俺の教育のおかげである。

俺はなにも現代建築が嫌いなわけではない。むしろ大好きと言ってよい。だけどこの頃は、俺の価値観と違うものが随分増えているようで、それには正直不満がある。だけどこの建物はわりと俺の好みで、しかも良くできている。設計者はだれなのだろう?まだ、雑誌などには発表されていないと思うが。槙さんや谷口さんとは違うな。柳澤孝彦?あるいは竹中工務店のだれか?いずれにせよ、素材と言い、ディテールと言い、十分に練られた建物だと思う。ただし、裏側は左程でもない。正面ファサードの構成が秀逸。

以上、とりとめなく書いた。2007年11月の最後の日曜日である。

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2007年5月20日 (日)

林が切り倒されました

本日平成19年5月20日、朝から雲一つ無い青空が広がっている。清々しいとはこのことだな。こういう爽やかな天気はこの季節、そんなには多くない気がする。とは言え、こういう日のことを五月晴れというのだろう。それにもかかわらず、相変わらず仕事を持って帰っている。本当はこんな日こそ、どこかの街へ出てウロつきたいのだがね。

このところ少し悲しいこと一つ。家(マンションです)のバルコニーの前に林があった。引っ越してきた12年前からそれはずっとあって、それのおかげで我家から見る風景は、角度によっては、まるで別荘地にいるような錯覚を起こす景色であった。その林が伐採され、造成が始まった。2週間ほど前のことである。あっという間に木々は切り倒され、ここのところは一日中、ユンボが土地の障害物を取り除く作業をしているようだ。土曜もやっているのでウルサイ。

この林は国有林だった。しかもここには計画道路があるということだったのだが、この道路は今や永久に事業化されないだろうと思われるほど、その経路に建物が建ち並んでいる。そのため、この林は実質上、相当の将来までは切り倒されることなく、林のまま、あるいは運良くば公園として整備されるか・・・と甘い期待を描いていたのだが。したたかな業者はやはりここに目をつけていたらしい。なにしろ計画道路の通っている場所で、鉄筋コンクリートのような堅固なものは建てられないはずだから、木造か鉄骨の戸建住宅が建つものと思われる。とは言え、我家からはそれらの住宅の裏を見せられることになり、気に入っていた別荘地の風情は一変することになる。かなり残念だけれどどうしようもない。目障りだから建てるな・・とは言えないからね。俺も建築に係わる仕事をしているので、過去には随分多くの人に悲しい思いをさせて来たと思うよ。そういう意味では因果な商売だよ、この仕事は。

さあ、持ち帰っている仕事にとりかからねばならない。それにしても、林が切り倒され、今は随分広い空が広がって見える。澄んだ青い空。それはそれでいいんだなぁ。でもやがてここに例によって奇妙なデザインの建売住宅が建ち並ぶのかと思うとね・・・。久々に俳句でも詠んでみるか。

 木々倒し ユンボ薫風に吹かれたり

 薫風の行方や 農婦 背を伸ばし

 堂朽ちて 白きツツジの曼荼羅華

 しおれたる白ツヅジもはや 白くあらず

これから仕事をします。

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2006年12月 3日 (日)

建築家の倫理でも考えようか

先日、ある建築家と飲む機会があり、妹島和世のことに話題が及んだ。この一緒に飲んでいた建築家は、名前を言えば建築の世界にいる人ならたいてい知っている設計事務所の代表を務める人(仮にMさんとしておこう)なのだが、妹島さんに対する評価が意外なほどに厳しかったので、俺としては一瞬とまどいを覚えたのである。俺の場合は妹島和世という女性建築家の才能は、好き嫌いは別として、やはり認めざるを得ないものがあると思っている。妹島さんの提示した感覚(あえて建築とは言わない)は男の建築家にはちょっと無理・・・みたいなものがあり、再春館女子寮を雑誌で始めて見た時は、多くの設計に携わる人間がそうであるように、俺もショックを受けた。が、Mさんはこの再春館女子寮に対しても随分批判的だったなあ。

妹島さんの建築には、建築家の社会的役割とか倫理とかを問われると、そこを攻められちゃだめよ・・・みたいなところがある。それで俺は、「妹島さんの建築には倫理というものはあまり感じられないですよね」と、Mさんに言うと、Mさんは、「あまりじゃなくてゼロだ」と、ばっさり切り捨ててしまった。

建築の設計における倫理って何だろう。これは俺も大事なことだと思っている。日本における建築家の出現が明治以降だとしても、すでに130年ほどの時が経っている。それで未だに建築家の社会的地位が欧米と比べると相当に低い。その原因の一つが、日本の建築家の倫理性の欠如、少なくとも世の中の人が建築家を芸術家かもしれないと思うことがあっても、「役に立つ人」と認識してないことだと、俺は考えているのだ。この問題は大きいので、しばらく論じてみたい。ただ今日はここで留め置く。

天気予報では今日から寒くなるようである。窓から外を見ていると青空に白い雲が浮び、のどかに見えるが・・・。部屋の内から見ていると冬の日差しは優しい。影の輪郭が柔らかいのである。日曜の朝の、俺以外の家族の誰も起きていない時間帯が好きである。それはほんの1、2時間なのだが、自分を取り戻せる時空間なのだ。

 十二月 鳥なく声の 凍えたり

 薄き陽が 不満なのかよ 寒鴉

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2006年11月 4日 (土)

立冬を前にして

ブログに何の絵もなかったらつまらないだろうと思い、次の写真を載せておく。前回の記事に載せた写真も同じ所で撮ったものだ。どこかというと、川越の喜多院にある五百羅漢である。

Kawagoe03_1「アーッ、ええ気持ちや。極楽極楽」

「だいぶ歩かはったみたいですな。ふくらはぎが張ってまっせ」

「次、わしたのむで。さっきから待ってんにゃさかい」

せりふつけるとこんな感じかな。こういう時はどうも関西弁になる。

いやしかし、この羅漢さんじゃないが、俺も疲れ気味だよ。昨日も祝日というのに仕事に出かけた。管理職だから残業手当が出るわけではない。しかし少しでも仕事をこなさないと溜まる一方だ。一人の選手として設計の仕事をしていた時と・・それはもうはるか昔のことになってしまったが・・組織管理者の今とではやはり見える部分、というか気になる部分が違う。管理のために余計な手間を増やしたくもないのだが、仕事というものはやりっぱなし、作りっぱなしでは困る。記録というのは、後々のことを考えるとやはり大事だ。そこのところは仕事に夢中になっている選手(つまり担当者)にはなかなか解かってもらえないところだ。しかし、俺の部署のような組織がきちんとした技術を扱う組織であれば、そこのところははずせない。将来を考えれば考えるほど、はずせない。

今日はさすがに休みを取った。久々に俳句などひねってみようか。ここのところそんな余裕なかったな。

11月だというのにけっこう暖かい。暦では立冬になる。晩秋もいよいよ深まり、無彩色の季節の前に、山々は紅葉であざやかに色づくべき頃である。

 秋風起こって 白雲飛び 草木黄落して 雁 南に帰る (武帝)

俺が時々漢詩を読むのは、漢文の教師だった父の影響もあるだろう。大学受験の頃、漢文の指導をしてやるというので教わったが、いわゆる素読というやりかたで、ただひたすら並んだ漢字を読みこなしていくという方法だ。そのうちに先生である父も俺もウトウトと居眠りを始め、授業にならなかった。しかし、そのためとは思えぬが、今でも漢詩は好きだ。

秋風が吹けば雲は流れ、紅葉した葉は落ち、雁は南に帰る。それだけだが、漢詩になるとなにか叙情がある。ここを俳句だとどうなる。

 来た道や 雁さしかかり 暮れんとす

 白雲の 飛ぶや紅葉に 影落としつつ

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2006年9月17日 (日)

2006年9月17日

三連休の中日である。妻と長女は次女の高校の文化祭に出かけた。俺は一人、いやキャロがいるからプラス一匹で家にいる。正直、ここんとこ気分がやや鬱である。なぜ鬱なのか?多分、自分の今に対する悲観的な評価が頭を離れないからだろう。相変わらず、いや以前にも増して、時には処理しきれない様々の課題を仕事の上では抱えている。責任もあることは重々承知。だが充実しているかと自問すれば・・・。

来週には新しい自民党総裁が選ばれるそうだ。安倍晋三がまず間違いなく新総裁になるということである。そのことについては、俺はなんとなく空疎な思いで聴いている。この人を我が国のリーダーに頂く・・・その他の選択肢は無いのだろうか?この人の口から出てきた幾つかの勇ましい発言。勇ましくはあるが、賢明ではないのではないか。

今日の朝日新聞の社説にある通り、また以前に俺が靖国神社を訪ねた後に指摘したように、靖国神社の問題は遊就館にとどめを刺す。そしてその問題は単に中韓からの批判だけでなく、米国からの批判も当然に起こり得る内容なのである。その靖国神社へ参拝し、時に勇ましい発言を繰り返す安倍氏を我が国の最高責任者にするということは、いかにも暗雲が立ち上るがごとくに、俺には思えるのである。

小泉首相が靖国神社へ参拝し、それに対する中韓の批判を内政干渉、あるいは内心の問題への干渉として退けたのは、頑固な偏屈オヤジという以上のものではなかった気がする。これ一事をもって小泉首相をタカ派とするのは的を得ていない。だが、安倍晋三は違うぞ。この人が靖国神社に参拝する時は、いわゆる靖国史観を心に秘めてのことである。

もともと政治的なことに発言をするのは趣味ではない。よく勉強してもいないことについて意見を言うのは気が引けるからだ。ただもうすぐ新しい総理が生まれるその前に、感想めいたことだけ記録しておきたかった。

鬱的気分はなおも続く。一句詠んで今日の記事を閉じよう。

 台風の 近づきし世の 湿りかな

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2006年7月16日 (日)

ゴキブリが出た日

今日は朝からどんよりとしている。関東では今年の梅雨は、むしろ入梅宣言の前に雨がよく降ったが、ここんところほとんど降らない。このままで梅雨明けするのだろうか。昨日はもう梅雨が明けているような日差しで、そうかと思うと急に雲が出て雷が聞こえたりもしている。

Karuizawa01

この写真は今から7年前に軽井沢で撮った写真だ。このころ我家は軽井沢がお気に入りで、夏には決まって軽井沢へ出かけた。しかしそれも上の子が中学に入り、部活が忙しくなるとなかなか日程を調整することが難しくなり、いつしかあまり足を向けることが少なくなった。この写真を撮った年は確か、俺の両親や妹夫婦の家族も一緒だったように記憶する。最近では子供達は全くと言っていいぐらい親とは付き合ってくれない。それでも俺はこういう写真を見てちょっと昔を思い出し、ひどく懐かしい気持ちになるのだ。あの当時もいろんな問題を抱えていたが、辛かったことはあまり思い出すことは無く、幸せな情景が浮んでくるのだ。

子供が大きくなって、家の中が静かになった。一番うるさいのは多分妻だが、彼女が家にいない土曜の朝などは物思いにふける絶好の時間となる。しかし幾日か前の夜、それも深夜に、長女がえらく騒いでいた。ゴキブリが出たというので大捕り物を演じていたらしい。長らく我家にはゴキブリは出なかったのだが、どこからか迷い込んできたのだろう。

俺はゴキブリと言うと、まだ幼い頃、京都の古い自分の生家で、ゴキブリが首筋にとまった時のことを思い出す。暗闇の中でいきなり首にとまったやつを反射的に素手でつかんだ。その時の感触がいまだに手に残っている。だれかが言っていたが、「ゴキブリは怖い。飛ばないような顔をしていて、行き場を失うといきなりこちらに向かって来る」というのは本当だ。長女は今風に「まじコェーッ」などと叫びながら、しばらく殺虫剤片手に死闘を繰り広げていたようだ。大量の殺虫剤散布により勝利は得たようだが、本当にうるさかったぞ、夜の夜中に。

 ゴキブリを しとめたりと子は 報告す 

壁にいるゴキブリを発見する。しばらくはこちらも動きが止まってしまう。そろりと殺虫剤を取りに行くが、戻ってくるとゴキブリは姿が消えている。

 ゴキブリの 動かず我も 動かざる

昨夜もゴキブリが出た。相当我家に巣くっているようだ。家長である俺は新聞紙でパシリとしとめた。長女のように時間をかけたりはしない。

 父なれば ゴキブリといえども たじろがず

このようにしてまた本格的な夏が始まるわけだ。子供の頃はあんなに楽しみだった夏という季節。今時はただ暑いだけで普段と変わりはしない。先日、妻の育てている赤い花の名を何の気なしに妻に尋ねた。ペチュニアというのだそうだ。「ずっと前から育てているのよ」と。それを何で今頃・・と言いたいのだろう。そうだな、なんでだろうね。ただふと聞いてみたくなったのだよ。

 赤い花の 名前を知りて 夏は来ぬ

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2006年6月29日 (木)

2006年6月29日

今日、6月29日は仕事を休んだ。特に用事があったわけではない。久々に「ボーッ」としたかったのだ。家には俺と犬のキャロだけがいる。どこへ出かける予定もない。

俺が勤めている会社は6月が決算月で、5月の中頃から俺のような管理職の人間に、しきりと宿題を出してくる。来期の予算書の作成。今期の売上げの確定。あるいは来期の事業目標の策定。とどめに人事評価。これもまったく気の重い仕事だ。こういうことをここ一月以上やっていて思うのは、「このようなことを自分はやっていて良いのか」という疑問である。もちろん組織としては必要な業務であろうが、そう言い聞かせようとしても納得できないでいる自分がいる。さなくとも雨の多い季節。ついに俺は一日ボーッとすることに決めたというわけである。

巷には暗いニュースがあふれている。子供は殺され、親は子供に殺され、若者はリンチで同世代の人間を生き埋めにしている。俺の子供の頃も殺人事件はあったけれど、昨今のこの手の話の多さはどうだ。殺伐・・・という言葉が思い浮かぶ。そしてその傾向は助長されているのではないか。

有名な美容整形の女医の娘が誘拐された事件。無事に保護されたのだが、その親である女医の儲けぶりに世間の耳目は集まる。年収12億円。本当か?と耳を疑う収入。一方で数日前に週刊誌で読んだ母親殺しの息子の話。痴呆の母親を殺した50歳代の未婚の息子は自殺を図るのだが、財布には数千円が全財産の残りとしてあったそうだ。家賃が払えない。この男を雇うところもない。母親生前の間、この息子は献身的な介護をしていた。俺は共産主義者ではない。しかし、使い切れない金、つまり無駄な金を持つ人間がいる一方で、明日からの食を確保できない人達がいる。それを許している社会というのはやはりおかしい・・・と考えるのが自然な人間の感情ではないのか。

だが、月収1億の女医は月に200件の豊胸手術をするという。1日に10件近くも人の胸を大きくする手術をしているの?それもヤダナー。

などということを考えながら、俺のダラダラとした一日が過ぎていく。

 緑陰の 有難き日ぞ ただの人

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2006年3月12日 (日)

今日の献立は鯵のフライ

今となっては料理は趣味でなく義務だ。土日の台所を自分がするようになって10年にはなるから、新米の主婦よりは美味いものを作れると思う。だけど毎週土日に料理をしなければならないとなるとやはり負担感はでちゃうな。月曜から金曜は仕事、だいたい帰宅は9時から10時、遅い時は11時過ぎで、土日は家族の食事作りだから、一週間通してすっかり休める日は無い。それ言うと働いている女性は皆そうなのだから仕方が無い。俺も掃除、洗濯は妻にまかせっきりだ。

今日、3月12日(日)の夕飯は鯵のフライにする。鯵のフライは美味いよ。今日は中ぶりの鯵を5尾買ってある。これを3枚におろし、塩コショウをする。これが結構手間が掛かる。手早くおろしているつもりでも一尾5分、5尾で25分ぐらい。俺の場合は小骨も丁寧に毛抜きで抜くので時間が掛かる。しかしこうすることでフライをガブリと心置きなくかぶれる。フライにかけるソースはとんかつソースではなく、トマト味のソースを作る。缶詰のカットトマトを鍋に入れ、塩、コショウ、砂糖を適宜入れて煮る。これが鯵のフライには良い。今日はこの鯵のフライ以外に野菜で2品ほど作る予定。めんどうくさい。でも食うのは好きだ。

実は俺の血の繋がった祖父は料理人、それも生前は名の通った料理人だった。俺の親父はわけあって幼い頃に養子に出された。だから戸籍の上では俺はこの料理人の孫ではない。でも血は繋がっている。だから「お前は料理がうまいはずだ」と理屈の通らないことを両親はたわいなく言う。

料理は右脳を刺激する・・と、言われている。先日はタモリが「料理はもっとも身近にできる創造活動だ」と言っていた。その通りだ。材料、手順、出来上がりへの想像力等々。こんな高度な仕事を女だけにまかせていてはいけない。

話は変わって俳句のこと。これは俺のもう一つの趣味・・と言えるほど熱心ではない。時々思い立って句をひねる。俳句は短いが、いつもすぐ出来るわけではない。何週間も考えていることがある。この度は春雨に打たれる家の前の林の梢が印象深く、何とか句にしたいと2週間ほどあたためていた。

 黒き木立は手を広げて春雨をいただく

ほとんど自由詩の状態だな。そういうのを例えば湯船につかりながら思い出し、工夫する。今朝は朝風呂に入りながら状景を思い出した。そうそう、木々の梢が網のようで、それが静かに雨を受けているのが美しいのだなと。

 春雨や網打つが如き梢かな

しかし、例えが陳腐で今ひとつの気がする。説明も不足している。しばらく湯船にいると、静脈という例えが浮んだ。

 静脈の如き梢や春雨を得む

これは字余りだ。しかし、俺はこれで良いと思う。他に林の土を思い、もう一句。

 春雨や腐植土を割る香り来る

じっとぬるい湯につかっていたら、数年前に苦境に陥った時、妻の実家がある飛騨で詠んだ句を思い出した。

 桜木の芽をいたわるや春霞

桜の花が芽吹く前の湿った空気は、おそらく木々にとってはありがたい湿りなのであろう。やがて山一面の桜が咲く。年々歳々それを繰り返すのだが、それを見ながら自分は次にどうするべきか・・苦しい気持ちであった。

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2006年1月21日 (土)

西陣のこと追記

年末に京都に帰り、西陣を歩いた時のことを今少し書き留める。

omotesennke西陣は織物の街として知られるが、表、裏、武者小路の各千家家元が住まうという茶道のメッカであることも特筆される。表千家、裏千家は小川通りに面しており、武者小路千家も小川通り近くにある。もちろん俺の主たる興味は茶道のことではなく、そういう茶道の家と他の京都の町屋が造りだす都市景観のことであるが・・。

この写真は表千家不審庵の玄関である。紀州徳川家から拝領したと言われる武家風の門である。門の上にも階があり2階正面壁にムシコ窓が穿たれているが、全体として頭でっかちな印象を与える奇妙な門である。

urasennke01

裏千家今日庵の門は草庵風の門であり、門の奥の緑を背景にして洗練されたプロポーションを示している。しかし面白いのは敷地内側の庇が半月状に切り取られていることである。

今日庵の門を正面から見ると、内側の庇の半月状の切り欠きは奥のアプローチを面白く見せる為の仕掛けだと思える。これはなかなか効いていて、この切り欠きがなければあるいは凡庸な門であったかもしれない。

urasennke02表千家、裏千家は小川通りに面して敷地を隣り合っているのであるが、その門が片や武家の意匠、もう片方は数寄の意匠でありながら、共に奇妙な印象を与えているのは、茶道というものが本来どこか普通の世界でないことを現しているのであろうか。

小川通りには他に西陣織に関係する職の家々が多数あり、祇園などのお茶屋街とはまた違う趣である。

 積雪の朝の機音こもりたる

 風花の小川通りの人等ゆかし

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2005年12月30日 (金)

西陣を行く

師走に入りまことに忙しく、ブログなど書く暇が無い。忙しい理由の第一は年賀状で、ここ一ヶ月の休みの日は年賀状製作に時間を取られた。仕事の方も次々と(雑用の類が)持ち込まれ、気の休まる日が無い。また忘年会も12月に入ってから6件こなした。胃が辛い。少しでも自分の時間が欲しいのであるが、実家の両親のことも気になり、23日からの連休を利用して京都に帰った。24日の日曜日は午後に墓参りを予定したが、午前の時間が空いたので西陣を少し探索した。

西陣で近頃人気の神社と言えば清明神社。陰陽師安倍清明を祭った神社であるが、西陣で育ったくせに俺はその場所すら知らなかった。この度はお袋にその場所を聞き、ぶらりと家を出たのが小雪のちらつく寒い朝だ。気象庁の暖冬との予想は見事にはずれ、12月にしては珍しいほどの寒波に襲われた。京都の底冷えは幼い頃より経験済みとは言え、久々に味わうとまさに骨身に凍みる。しかし空気の冷えた西陣の街を足早に歩いていると、東京での年末のせわしなさをしばし忘れ、気持ちが軽やかになるのを感じた。ようやく街を面白がる余裕を取り戻し、あたりを見渡すと・・・あったぞ!

komonnka05winこの肛門科医院が昔からここにあったのは知っている。改装したらしい。それも古風に建て替えており、これなら京都の街にも似合うだろうというわけだ。確かにな。だがどうせやるならもうちょっと京都の町屋を研究して欲しかったな。正面左の屋根は妻側を見せるのではなく、平側を通りに向けるのが正解。このような構成が無いわけではないだろうが、結果として西陣と言うより郊外の旅館風になっている。でもまあ今時このように建てた施主の心意気には敬意を表したい。

肛門科か・・・。この医院は肛門一筋でやっているのだ・・と感慨深い。女の人(特に若い人)はこの門をくぐるの結構勇気要るんじゃないの。

kyoto05win次の写真は京都の現実だ。西陣のあちこちで町屋が消え、代わりにこのような駐車場が広がる。その向こうにはどこの町でも見られるマンションが建つ。この写真だけで京都だと言い当てるのはまず無理な話だ。京都を、このような光景ばかりの街にしてしまって良いのか?そういう意味で先の肛門科医院の先生に心意気があると言うのだ。

お袋に聞いたところでは、西陣でも最近、古い町屋を改装して住んだり、商売の場にしたりする若者が増えているそうだ。頑張って欲しいな。俺も東京での仕事にいつか見切りをつけて、京都の町並みを保存再生する仕事がしたい・・・などと言ったら、妻が腰を抜かすだろう。

清明さんへはあと少しや。雪の舞う中を、「俺は本当はいったい何がしたいんや・・」と自分に問いながら歩を進めた。脳が研ぎ澄まされる気がした。京都はやっぱりええで。

 舞う雪を陰陽師のごとく払いけり

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2005年10月22日 (土)

農家の美しさ

江戸東京たてもの園の中の建物はそれぞれに興味をそそられるものであるが、中に何軒か江戸期の農家があり、あらためて見てみると大変美しいものである。確かバーナード・ルドフスキーという人だったと思うが、「建築家無しの建築」という本を書いている。建築家、つまり建物の素材や色形を決める専門の職能の人間が介在することなく生れた建築を、写真と文章で紹介したものだ。随分昔に読んだので内容の詳細は覚えていないが、世界中のどこでも、そういう建築家無しの建築に驚くべき建築の真理を見ることが出来る・・・という話だったと思う。江戸東京たてもの園の中の農家建築もそういう建築家無しの建築の好例であろう。

tsunashima01 綱島家住宅はそのような農家の中でも最も古いもののようだが、その建物デザインとしての面白さは一番のように思える。ここに掲げた写真は俺が撮った。下手。オイッ!そこのオッサンどけっ!この人が動かないんだなー。いらいらして撮った一枚である。

茅葺の屋根が美しい。寄棟であるが東南隅が切り取られた形になっており、その切り口が美しく、屋根の形に変化を与えている。屋根がこれぐらい大きい方が全体として安定した形となり、風景にもなじむようだ。

しかし敢えてこの屋根を取り払った立面を想像してみると、驚くほど現代的な造形が現れる。それはミースであり、丹下健三であり、谷口吉生と通底する美意識である。そのような美がこの建物園のより新しい農家建築より、最も古い(江戸中期)の綱島家住宅に顕著に見て取れることは示唆的である。

tsunashima02 こんどは部屋内から撮った一枚である。ススキや団子が今宵の月を待つ風情である。やや太目の格子、茅葺の庇の先端の美しさ。黒光りする板の床。この場所に座り込み、外を眺めれば、「アアッ、日本人でよかった」と思うこと請け合いである。このような時間と空間を我らの文化の中に持つことを誇りたい。

 板の間も堅くはあらずススキあれば

 板座敷ススキや団子今宵待ちかね

綱島家住宅は江戸時代中期、現在の世田谷区に建てられたものだそうである。建物に見られる意匠は、18世紀初頭の関東平野の民家に共通して見られる特徴を示す。現代建築に興味を持つ人にもお薦めの一品である。

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2005年9月18日 (日)

総選挙の結果について思う

ブログを開く暇がなく今日になったが、選挙の結果は6日前に出ている。自民党の圧勝であった。自民党は296議席を獲得し、連立与党のパートナーである公明党の31議席を加えると、衆院の議席数480の3分の2を超える。政権奪取を掲げた民主党は113議席と大幅に議席数を減らした。このブログは俺の日記でもあるので、これを記録しておきたい。

今日、新聞は民主党の党首に前原誠司氏を選んだことを報じている。若干43歳。正しい判断を必ず若い人がするという訳ではないが、気力はやはり若い人が勝る。俺と同じ京都出身ということもあり、頑張ってもらいたいと思う。

今の民主党は旧社会党の人から自民党の右派と思われた人までが同じ党に属し、その主張が要するにどういうことなのかが俺には解からない。新党首の前原氏を中心に明快な考え方を国民の前に提示せねばなるまい。

俺の専門の建築からの話。フランク・ロイド・ライトはサイモンとガーファンクルの歌にも出てくるアメリカの生んだヒーローの一人と言える建築家だが、彼の住宅建築の特徴を5つほど挙げ、それをコンピューターにインプットして住宅を設計させると、ものすごくフランク・ロイド・ライトっぽい住宅が出来上がるそうだ。もちろんライトの本質がそれですべて言い尽くせるとは思っていないが、単純な幾つかの原理がアウトラインをほぼ決するということは言えそうだ。まして政治はマスを動かす術だから、単純で明快であることは強い。小泉さんと岡田さんの違いは、今回の選挙で言えばまさにそれだったな。岡田さん解かりにくかったよ。ぐちゃぐちゃ。

郵政民営化は必ず良い結果を国民にもたらすというものではない。第二の国家予算といわれる郵政事業の巨額の金が弱肉強食の市場にさらされる。財政投融資によって国の資金源となっていたのがそうでなくなる。うまく民間の活力源となり、経済波及効果が出れば良いが、外資の手に渡り日本がそいつらの利益のために食い物にされる可能性もある。俺の属する建設業界だって、凄まじい打撃を受けるかもしれない。なにしろ国の公共工事はその大きな資金源を失うのだから。

自民党は郵政民営化には国民のお墨付きをもらったが、だからと言って憲法改正へ一気に突き進むようなら、次回の選挙で手厳しい結果を手にするだろう。しかし、前原氏は憲法改正論者なのだよな。他の選択肢はあるのか?

社民党は、「憲法を守ろう」と言うけれど、未来永劫変えない変えられないというのは、国民の、特にこれからの若い人の感情として受け入れられないだろう。実際、民族や人権などの考え方もこの半世紀随分変わってきたと思うが、そのことも含めて「変えられない」というのは、その主張の是非を超えてまずい話だ。それよりも、このように変えた方が良いという憲法草案を自ら提示したらどうなんだ。

共産党は今や「感じ悪い」党の代表だな。相変わらずの大企業攻撃だが、今だに巨大な官僚機構による国の支配を夢想しているのなら、とても受け入れ難い。大企業からもっと税金を取れば年金や福祉の財源が捻出できる・・・という計算がどうして成り立つのか?そういう馬鹿なことをいつまで言い続けるつもりなんだろう。俺が通勤で使う駅の入り口で度々ビラを配っている。黙ってかあるいは小声で「共産党です」と言っているのかもわからないが、差し出すビラを受け取る人はほとんど見かけない。それでもビラを差し出し立っている共産党員(だと思う)を見ると、気の毒と思うとともに一種の不気味さを感じる。この党については、「こうしたら良くなるのに」と言えるものが見当たらない。やはり党名を変えた方が良いのかな。

政治についてここ何度か記事を書いた。次回からまた街や建築について書きたいと思う。ああそうそう。例によって下手な俳句を2首ばかりひねった。夏の終わり頃を詠んだものである。朝、寝床の中で目を覚ますと、肌にさわるシーツがサラッとしていて気持ちが良い。今年も汗の臭いが立ち上っているような寝覚めの季節が終わったのかと思うと嬉しい。しかし蝉のやつらは行く夏を惜しんでいるらしく、朝から家の前の林で合唱会をやっている。そうさ、お前らの季節は終わりだ。せいぜい騒いでろ。

 蝉の声は冷めたる朝を切りきざみ

 サラサラの朝寝を妬む蝉しぐれ

昨日は青虫が蟻の餌食となっているのを見た。

 青虫の腹の柔さよ蟻百匹

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2005年8月17日 (水)

ブログ閉鎖宣言したが

ブログを閉鎖すると宣言したけれど、実際の閉鎖まではまだ少し時間がある。プロバイダーの変更は9月の中頃になる見通しだ。

ブログ閉鎖宣言後もどういうものか結構アクセスがあるのだ。そういうこともあり、新しい記事は書かないつもりだったが、今日などは夏休みなものだから、パソコンに向かうとやはり何か書きたくなってしまった。とりあえず、記事は保存できるようだし・・・と。

今夏は娘が夏期講習を受けるということで、俺の生れ故郷の京都には帰らなかった。夏休みもこちらで過ごした。明日からは仕事である。思えば胃の痛くなる問題とまた向き合わねばならない。そう思うだけで本当にへこむ。仕事をするとはこういうことなのだろう。俺の家の向かいの公園は、今朝は子供もおらず、どことなし夏の終わりという風情になっている。

 子供らの現れぬ公園解夏のころ

 立秋や柳ゆっくりと呼吸をし

 夏蔦を汗かかず見る朝となり

今朝は一人起きて公園を見ながら、いくつか句をひねった。もう一つは、先日冷蔵庫の中にありながらカビを生やしかけたレモンのことが思い浮んだので詠んだ。

 夏の果てに半分のレモン干からびぬ

昨日、「笑いの大学」という映画のDVDを借りてきて見た。三谷幸喜の脚本。俺の評価は10点満点で7点ぐらい。この人の作品はいつもそう思うが、脚色がややわざとらしい。しかしそれに目をつむればそこそこ笑える。そのことも記しておくこととする。

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2005年8月 6日 (土)

俺は梅干が嫌いな子だった

ここ数日は本当に暑くなった。外に出てしばらく歩くとよく冷えたビールを飲みたくなる。ほとんどパブロフの犬状態だ。暑い→ビール で、その間の連想が無い。

 炎天の街アスファルトの粘着を知る

いくらなんでもアスファルトがベタベタする訳ではない。しかしこれだけ暑い日にアスファルトの上を歩くと、アスファルトが柔らかくなっているのを感じることが出来る。実際、舗装を大別すると剛性舗装とたわみ性舗装とがあるそうで、アスファルトは後者の方になる。・・・などといかにも技術屋みたいなことを書いたが、要するにそれほど暑い夏の盛りを迎えたということだ。

今朝は朝からソウメンを茹でた。薬味に梅干の実をつぶし梅肉にしたのが美味かった。梅肉に少しレモン汁を入れる。邪道と言う人もいるかもしれないが、こうするとさっぱりとした味になり、梅の旨みも増すような気がする。そういう薀蓄を垂れながらソウメンを食っていると、妻に呆れたような顔をされた。俺がつい最近まで、と言っても5,6年前だが、梅干の食えない男だったことを知っているからである。

俺が45年間も梅干が嫌いだったのはお袋のせいだ。そろそろ離乳をさせようとして自分の乳首に梅干を塗った。かわいそうにまだ赤ん坊の俺は、甘い母のお乳を期待してお袋の乳首をくわえたとたん、あの梅干の酸味を口いっぱいに味わうことになったというわけだ。俺はその時泣きもせず、お袋が言うには、「お前は聞き分けのええ子で、それっきりお乳を欲しがらへんかった」そうである。あまりのショックで放心していたに違いない。それ以来およそ45年間、俺は本当に梅干ばかりは食い物と思えなかった。

食えるようになったとは言え、やはり少し苦手感がある。そういう俺が旨いというのだから、これは本当に旨いのだ。梅の酸味にあるある種のクセ、そのせいで時々梅干が苦手な人がいるというクセが、レモンの酸味で緩和される。

「あなたに梅肉の講釈をされたくないわ」という妻の言を聞きながら、「よし、また作るぞ・・」と、心に決めた俺であった。

 素麺をすすりて語る昔かな

かなり出来の悪い句を作ってしまった・・・と、承知しながらも書き留めておく。素麺という題は難しく、頭が働かない。

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2005年7月24日 (日)

秋葉原にて蕎麦を食らう

秋葉原の交通博物館の裏あたりは町名でいうと神田須田町で、有名な蕎麦屋が2軒ある。「かんだやぶそば」と「まつや」である。

kandayabu13~14年も前になるか、上司のFさんに”かんだやぶ”で蕎麦をごちそうになった。Fさんは東京の人である。ここが有名店だとは先刻承知のはずで、関西生れの俺に江戸の味を味あわせてやろうということだったのかもしれない。あるいはただ自分が食いたかっただけなのかもしれない。たまたま同行していた俺を誘って”やぶ”に入った。おごってもらってこう言うのは何だが、あまり美味いと思わなかった。この店の名物の掻き揚げも食ったが、皆が言うほどのできばえとは思えなかった。ただ、勘定書きの数字に驚いた。蕎麦とは案外高い食い物であると知ったのはその時である。

こう書くと店を悪く言っているようだが、実は俺は蕎麦の味がよく判らない。蕎麦は立ち食い蕎麦でも名店の蕎麦でもそれほどの違いを感じない。敢えて言えば、色の黒いいなか蕎麦の方が好きで、東京あたりの細めの更科蕎麦はもう「どうでもいいですよ」って感じだ。山形で昔食った板蕎麦は美味いと思った。冬の寒い時に、よく冷えた太目の田舎蕎麦をつゆにつけてたらふく食ったが、あれはまた食ってみたい。

”かんだやぶそば”へは靖国通りから入っていくと、道の突き当たりにポンと入口がある。これは建築的に言うと上手い。しかもその後が前庭になっており、それがわずかに見える。こういう風に誘われるとつい入ってみたくなるものだろう。実際、よくはやっている。

matsuyamise もう一つの蕎麦屋、”まつや”に入った。 こちらもひっきりなしに客が入っている。ここでは「ざる蕎麦」を注文した。 700円なり。値段の点ではこちらの方が手ごろだ。濃い目のつゆは江戸風か。こちらでは蕎麦をつゆにドボッとつけるのは無粋ということを聞いたことがある。知ったことか。俺は関西生まれの犬頭だし・・・。



matsuyaまずまずの味に思えたが、もう少し麺が冷たい方が俺の好みだ。

えらく夏めいたと思っていたら、店の中で誰かが「梅雨明けを気象庁が宣言した」と話しているのを聞いた。しかし今日あたりの梅雨明け宣言なら俺でも出来るな。実際、出かける前に妻に冗談で、「キャロ気象庁では梅雨明け宣言を出したことにしておく」と言ったばかりだ。

 秋葉原のそばスルスルと梅雨があけ

うまいっ!座布団一枚  何がうまいって、そばが蕎麦で、梅雨が・・・と説明するのは野暮ってもんだろ。

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2005年7月10日 (日)

人気建築家

人に「好きな建築家は誰ですか?」と聞くことはそう頻繁に無いが、先日、ある若い建築家に、「誰が好き?(もちろん、誰の作品が好き?と言う意味だが)」と聞いた。彼はシーラカンスに籍を置いていたことがあるということで、興味を持って聞いたのだが、その答えが「谷口吉生」であって、意外と堅い回答に彼の建築家としての真面目を感じた。2年ほど前に某大学の大学院生に同じような質問をした時は、「レム・クールハース」であった。なるほど、なるほど、影響力という点ではこの人は今相当なものらしい。

俺がまだ大学生の頃、白井晟一の人気は大変なものであった。白井晟一と磯崎新の対談などが雑誌の巻頭を飾ったりして、これはつまり、異端の巨匠と新進気鋭の建築家の「空間とは何ぞや・・」とかいう会話ですね。でも今、若い人で白井晟一に注目している人はまずいないんじゃないかな。推測ですが・・。海外ではポール・ルドルフってのがいたな。この人なんかも凄くて、A&Uで年に二回ぐらい特集組んでた時があった。フランク・ロイド・ライトの後継と位置づけられる・・みたいな。同時期にルイス・カーンも仕事をしていたのだけれど、カーンが注目されるのはもう少し後になる。だが、俺もエール大学を訪れる機会があったのだけれど、そこでルドルフとカーンの作品の両方を見ることが出来た。カーンにより普遍的な美を感じたな。いまだにカーンの影響力は凄いでしょ。安藤忠雄なんかも、カーンの影響抜きには論じられない。(カーンの方がやはり高い精神レベルにあると思うけれど、正直言って。でも安藤さんは器用だ)

建築家も時間を経ないと正しい評価が出せないようだ。その時代によって人気建築家も変わってくるな。そんな中で、繰り返し再評価がなされるコルやミース、あるいはカーンなどはやはり格が違うということになる。

ということで、以上の言葉から、俺がただ古い建築だけを好むオッサンではなくて、現代建築にも関心を持つ犬野郎だと解かってもらえるだろう。谷口吉生の建築についても語りたいことあるが、それはまたいずれ。

今日は休み。梅雨未だ明けず、どんよりとした午後である。昼寝でもしようと思い、部屋の照明を消す。薄暗くなった部屋の床に寝転び、枕を引き寄せて目を閉じた。

 隣の女房の小言聞こえし昼寝かな

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2005年6月 5日 (日)

冷蔵庫に残ったトマト

 2回続けてはっきりとしたテーマの無いことを書きつづる。

 先週、仕事の上である問題を抱えた。その問題発生の原因に関して、俺は立場上責任を感じている。それが気になりながら金曜日は出張をして、こちらの職場は留守にした。自分を責める思いが心の半分ぐらいを占め、そのためにテキパキと物事をこなせない。ひどく重い気持ちのまま週末に突入してしまった。こういう時は何をやってもスッキリしない。現実から逃避するかのごとく酒を飲んで寝たのが一昨日の夜である。

 冷蔵庫に俺が先週買ったトマトが残っており、水分補給のつもりでそれを食った。子供の頃、冷蔵庫に適当な飲み物が無い時、トマトを見つけてかじりつき、渇きをいやしたものだ。その故か俺は時々トマトを丸かじりしたくなるが、子供らは好んで食おうとはしない。冷蔵庫の中にいつまでも残っていたりする。こんな良い食べ物を・・。しかし正直言って最近のトマトは風味が少ないようにも思う。昔はもっと酸っぱいにせよ甘いにせよ、トマトー!って味がしたよな。近頃のスーパーで買うトマトは水みたいだ・・という批判は当たっているのかどうか。

 とにかく冷えたトマトを丸かじりした。汁が流れ落ちるのをうまく口で啜りながら食った。こういうのワイルドって言うんだよな・・と独り言ちした。

 牙たてしトマトの果肉したたりて

 歯を立てて赤きトマトを砕きけり

 赤茄子を獣のごとく我は食みし

 いずれも同じ状景を句にしてみた。リズムの良いのは二番目かな。で、状景が見えるのが一番目。自分の気持ちに寄ったのが三番目ということになるか。こうして一人で考えて、楽しむ。少しは気分転換になったかなぁー。

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2005年6月 2日 (木)

徒然に

 人間ドックに入るということで休暇を取った。検診は半日で終わったが、こういう日はもっぱら身体を休めることに使うことにした。梅雨に入ったのかどうか、空気は湿っぽい感じで、時に細かい雨が降っているようだ。俺はこういう日は結構好きで、窓を開けると入ってくる冷気が心地よく、ゴロゴロと夕方までを過ごした。

 時々下手な俳句をひねる。師は誰もいない。季語やなんだの約束事を細々と言われたくないし、別に上手な句を作ろうとも思っていない。歳を取って暇になったら誰かに教わろうかなぁ。しかし、「あなたの句は自我流の変な癖がついてますね」とか言われそうだな。今の自分は何か興に乗って、「一句詠むか」と思った時に、自分の気持ちに合った句をひねり出してみる。それが普段と違う頭を使うことになり、楽しいというほどではないが、気分転換になるという、それだけである。まぁ、この件に関しては、まず第一に自由でありたい。

 小雨あり榊の香の忍び入る日や

 と、上のように詠んだが、これは詠んでから調べてみると、季語が入っていない。小雨も榊も、これだけだと季語にならない。「榊の香の(サカキのカオリの)」と続くところは、音のつながりが良く気に入っているので、小雨を変えてみる。

 梅雨冷えて榊の香りの忍び入る日や

 でもこれだと、小雨という微妙な天気の状態、ザァーザー降ってるのじゃないですよ・・というところが伝わらないよな。かといって「梅雨小雨」とするとくどい。このあたりが犬頭の限界だな。で、今日のところはここで終えることになる。こういう句を後日思い出して、良い工夫がつくことがある。それも面白いといえば面白い。

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